中国経済に翳りが見えている。上海株式市場の急落、輸出の減少、人民元の切り下げといった要因は、多少のタイムラグを経て海外旅行市場を冷やす要因となるだろう。足元、国慶節の連休前後については、元々需要が供給を大幅に上回るトップシーズンなので問題は無い。訪日客数への景気の影響はこれから顕在化してくるだろう。
但し、当面は100%を超えるような異常な伸び率が鈍化する程度で済むとも考えている。ドラスティックな変化を予想しないのは、中国のいわゆる爆買いを支えているのが、景気要因以上に、税制に起因する内外価格差によるものだからである。
表1は、「日本滞在中に最も満足した商品」の主要五ヶ国別の品目構成である(「訪日外国人消費動向調査」(観光庁))。中国では他の国に比べて「電気製品」「時計」「カメラ」や「化粧品・香水」を挙げる人が非常に多いのが特徴である(表1)。参考までに、今夏にDBJ(日本政策投資銀行)と当財団が共同で調査を行った 「DBJ・JTBFアジア地域・訪日外国人旅行者の意向調査」でも訪日する際に日本で買いたいものを聞いており(複数回答)、中国が他国に比べて高かった品目は、「電化製品」「化粧品、医薬品、日用品」であった。
大学で中国人の留学生に聞いたところ、同じ化粧品でも日本で買うと半額になるという。何故か。
先ず、「関税」である。中国では化粧品に6.7%の関税がかかる。日本では化粧品の関税は国産品はもちろんとして、海外ブランド品も無税であるから、免税店以外の店舗で買っても相対的に安い商品を購入できる。
次に、「増値税」(日本で言う消費税に相当)がかかる。中国では化粧だけでなく、ほとんどの商品に17%の増値税がかかっている。日本の消費税率は8%だが、消費税免税で購入すれば無税扱いとなる。
加えて、いわゆる贅沢税(excise tax)が加算される。これは二重課税の形で化粧品や香水には30%加算される。ややこしい話なのだが、中国ではこの贅沢税を「消費税」と呼んでいる。日本には酒税やたばこ税を除くと二重課税は無い。
この3つの税を単純に乗じると62%となる。これにだめ押しとして、中国では物流コストが先進国よりも一般に高いという要素が加わる。
こうした税制格差の下地がある上に、2012年以来の円安への急速かつ持続的な転換が進んだのである。人民元は12年9月には12円台前半であったが、2015年6月には20円台に達している。上海市場の株価急落後に人民元が切り下げられたが、それでも未だ19円前後で推移しており、その影響は限定的と言える。むしろ、最近打ち出された銀聯カードの引き出し制限や、転売防止のための税関検査の厳格化といった制度面の変更の方が影響を与える要素としては大きいだろう。
やはり回答率が高かった「時計」も取り上げておくと、中国の関税率は12.3%(日本は無税)、これに増値税17%、消費税(=贅沢税)20%が上乗せされる。3つの税率を乗じると57%に上り、日本での購買意欲の高さも頷ける。「家電品」の場合は品目にもよるが、3つの税率を乗じると約27%とやや低いが、これでも韓国や台湾に比べると幾分高い水準にある。
筆者は1人が自分が使用する分量を超えて商品を購入するいわゆる「爆買い現象」を個人輸入の一種として捉えている。こうした客層と、歴史文化資源の訪問を主目的とするような客層とは分けて考えていくべきである。
爆買いという特殊な需要は、税制や流通市場の環境、円安の継続といった外的な要因の重なりによって生じており、中長期的には解消に向かう性格のものである。