訪日市場を支えた「家族の絆」 [コラムvol.159]

 今年の春節休暇の終盤、成田空港は大勢の中華系観光客で賑わっていました。調査の一環で空港へ定期的に足を運ぶのですが、こんなに賑わう空港を見るのは久しぶりでした。
 東日本大震災(以下、「震災」)後は日本を訪れる外国人が大幅に減少しましたが、昨年末には前年の9割近くまで回復。国籍別では中国人の回復が顕著です。今回のコラムでは、この中国人訪日客の震災後の回復過程に焦点を当てます。キーワードは、「家族の絆」です。

■訪日市場は前年の9割近くまで回復、中華系訪日客の回復が先行

 震災直後の平成23年4月、「訪日外客数」(JNTO発表)は前年比62%減まで落ち込みました。そして、直近の同年12月は前年比12%減。8か月が経過して、ようやく平年並みの市場規模を取り戻しつつあります。
 震災からの回復度合いは、出発地の国・地域によって異なります。回復が先行しているのは台湾や中国、香港など中華系の国々。特に、中国からの訪日客の回復が顕著で、昨年11月には前年比35%増と大きな伸びを見せました。
 ただし、この著しい伸びの背景には別の要因があります。平成22年9月に起きた尖閣諸島中国漁船衝突事件の後、同年10月以降は中国からの訪日観光客が激減。その反動増が含まれているのです。とはいえ、この年の夏までは中国人観光客が爆発的に増えた時期でもありました。平成22年は、訪日中国人市場にとって激動の1年だったのです。
 平成21年以前の数値と比較すると、平成23年の夏には平年並みの水準に戻っていることがわかります。今後は、平成22年夏までの訪日旅行熱を再び呼び覚ますことができるかが焦点といえるでしょう。【図1】

  【図1】中国からの訪日客数 過去4年間の月別推移
【図1】
データ出所:JNTO「訪日外客数」

■震災直後、中国からの親族・知人訪問が一時的に増加

 震災直後は、中国からの訪日客も大幅に減少しました。平成23年4-6月期の訪日中国人数は前年に比べ半減。最も影響を受けたのが「観光・レジャー」目的の訪日客で、前年のおよそ4分の1に激減しました。旅行先の不安定な時期に、緊急性の低い「観光・レジャー」が減るのは当然のこと。相対的に「業務」のウェイトが高まりました。
 こうした動きは中国に限らず訪日市場全体で見られたものですが、中国だけに見られた動きもありました。それは、「親族・知人訪問」が一時的に増加したことです。市場全体が大幅に縮小した中で、「親族・知人訪問」だけが前年のおよそ1.7倍に増加したのです。【図2】

  【図2】来訪目的別にみる中国からの訪日客数(平成22年と平成23年の比較)
【図2】
データ出所:JNTO「訪日外客数」、観光庁「訪日外国人の消費動向」からJTBF作成

■「家族の絆」を最優先する中国人の価値観

 中国人は、自分の家族や一族を最優先で考える傾向が強いといわれています。中国ビジネスに詳しい中島一氏の著書によれば、「中国人は、何よりも家族を信頼し、大切にする。親子兄弟と自分を一体的な存在と考えており、いかなる犠牲をもいとわないし、喜びや悲しみもすべて家族と分かち合う」1)というのです。日本人だって家族は大事にしますし、震災後は「家族の絆」が改めて見直されたという話題もよく耳にします。しかし、中国人にとっての「家族の絆」は、日本人が想像する以上に強固なものなのです。
 日本には、留学や研修、就業などの目的で、多くの中国人が日本に居住しています。震災直後に中国へ帰国した人もいましたが、日本に留まった人々も大勢いました。彼らを心配して日本を訪れた中国人が一時的に増えたとしても、何ら不思議ではありません。
 実は、訪日中国人市場で「親族・知人訪問」が増えたという調査結果を最初に見たとき、説得力ある理由に思い至りませんでした。今年の正月、中国人とのビジネス経験のある義父の話を聞く機会があったのですが、彼曰く「中国人は何より家族を最優先する」とのこと。この話を耳にした瞬間、「そうか!」と閃いたのでした。

■「家族の絆」が観光客をも呼び戻した?

 中国人の「家族の絆」に関連して、もうひとつ面白いデータがあります。
 震災後、中国人訪日客の旅行情報源に変化がみられました。まず、震災直後の平成23年4-6月期には、出発前に役に立った旅行情報として「日本在住の親族・知人」をあげる人の割合が27.5%と最も多くなりました。そして、観光客が戻り始めた翌7-9月以降は「自国の親族・知人」の割合が増えたのです。【図3】
 中国人は、マスメディアから発せられる情報を安易に鵜呑みにしません。中国国内で売られている商品にも、疑いの目を向けます。日本へ旅行に来た際に化粧品やブランド品を購入していく人が多いのは、「日本で日本人向けに売られている商品は信用できる」からなのだと、中国人の知人から教わりました。そんな彼らが最も信頼する情報源、それが家族や親族からの口コミなのです。
 おそらく、震災直後は日本在住の家族や親族から、その後は震災後に日本を訪れた家族や親族から、「日本人は震災後も普通に生活している」という情報が口コミで広まったのでしょう。もしかしたら、こうした口コミが観光客の回復を早めたのかもしれません。

  【図3】中国人訪日客が旅行出発前に得た旅行情報で役に立ったもの トップ5
【図3】
データ出所:観光庁「訪日外国人の消費動向」

■自国とは異なる価値観を知り、尊重することを大切にしたい

 この春節には、日本に限らず多くの国々に中国人観光客が訪れ、現地の人々が驚くほどの消費をしているという報道を目にしました。中国の国家旅遊局のデータによれば、ここ数年は中国人の外国旅行者数が毎年1~2割増のペースで増え続けており、平成23年には7,000万人を超えたそうです。震災に見舞われた日本では、中国人観光が一時的に低迷しました。しかし、中国の外国旅行ブームはその間も継続しているのです。
 震災後の市場回復過程では、奇しくも「家族の絆」を最優先する中国人の価値観が浮き彫りになりました。再びふくれ上がる市場を前に浮き足立つことなく、中国人の価値観を知り、尊重することを大切にしながら日本にお迎えしたい。そう感じた、今年の春節でした。

【引用文献】
 1) 中島 一『中国人とはいかに思考し、どう動く人たちか。』河出書房新社、2011年