今年8月、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、産業革命前と比べた世界の気温上昇がこれまでより10年早く、2021~2040年に1.5度以上に達するとの新たな予測を発表しました。また、国内外では豪雨や干ばつ、熱波の増加など異常気象による災害が頻発しており、気候変動への対応は未だかつてないほど重要な課題となっていると言えます。
脱炭素社会の実現に向けて、待ったなしの状況である今、観光地が果たすべき役割にはどんなことがあるのでしょうか。本稿では、今年11月に開催された国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)における成果の概要と、同期間中に発表された、「観光における気候変動対策に関するグラスゴー宣言(Glasgow Declaration –Climate Action in Tourism-)」(以下、グラスゴー宣言)の内容を概説し、今後の観光地に求められる対応について考えてみたいと思います。
COP26とグラスゴー宣言
COPは、大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させることを究極の目標として、1992年に採択された「国連気候変動枠組条約」に基づいて毎年開催されている年次会議で、今回のグラスゴーでの開催が第26回目となりました。なお、グラスゴー開催は本来、2020年に予定されていましたが、COVID-19の世界的感染拡大の影響を受けて延期となり、2021年の開催となりました。ちなみに、グラスゴーのある今回の開催地・スコットランドは、観光局(VisitScotland)が気候非常事態宣言を行った、世界で最初の地域でもあります。
COP26は、エリザベス女王による各国首脳への「言葉だけではなく、行動を」との呼びかけから開幕し、計197カ国の参加による2週間にわたる議論の末、最終的に「グラスゴー気候合意(Glasgow Climate Pact)」を採択して閉幕しました。今回のCOP26においては、2015年採択のパリ協定で「気温上昇幅について1.5度に抑えるべき」としていた努力目標が、公式文書における正式な目標として位置づけられた点が大きな成果として位置づけられます。また、石炭使用の削減や化石燃料への非効率な補助金の削減、2030年における排出削減目標の再検討・強化について合意を得るなど、多くの成果がありました。しかし一方で、先進国と途上国・新興国との対立が目立ち、途上国・新興国側の強い反対によっていくつかの合意において内容の後退・妥協が見られたことも事実です。
このCOP26の中で、観光分野における気候変動対策として発表されたのがグラスゴー宣言です。同宣言では、観光産業におけるCO2排出量を2030年までに半減、2050年までに実質ゼロにすることを掲げています。その上で、観光分野において、幅広い関係者が協働して取り組むべき行動として、「測定(Measure)」「脱炭素化(Decarbonise)」「再生(Regenerate)」「協働(Collaborate)」「資金(Finance)」の5つの観点から取組事項を整理しています(内容は下表参照)。今回は、発表に合わせて、観光に携わる民間企業や組織、政府など約300の関係団体が宣言への参加署名を行っており、日本からは北海道ニセコ町、一般社団法人JARTA、春陽荘の3団体が参加する形となりました。これらの団体・組織等は、取組事項に記載された内容に沿って計画を策定し、今後より具体的な気候変動に対する対策を実施していくこととなります。
今後、観光地に求められること
COP26、そしてグラスゴー宣言を経て、我が国の観光地でも、脱炭素社会の実現に向けた取組がますます加速していくことが想定されます。ただ一方で、COP26の枠組み自体は政府が前面に立つものであること、またグラスゴー宣言については今後次第ではありますが、現時点での参加は3組織に留まっていることから、地域主体の全体的な動きとなるにはまだ時間を要しそうです。
では、我が国の政府としての対応はどのようになっているでしょうか。こちらもCOP26等の国際的枠組みでの合意等を踏まえて刻々と変化していくことが想定されますが、今年10月の時点での情報をまとめてみました(以下2枚の図を参照)。日本政府は、2050年のCO2排出量実質ゼロを長期目標に、2030年度における排出量の46%削減(2013年度比)を中期目標に掲げています。この目標は、従来の目標を前倒しで実現するもので、これまでにない取組を今後10年以内で次々に実施していくことが欠かせない状況となっています。
そうした中、政府では「地域脱炭素ロードマップ」の中で、2030年までを「基盤的施策の実施期間」と位置づけ、「地域」「ライフスタイル」「ルール」の各側面から脱炭素イノベーションを起こすことに取り組んでいます。また、2025年の中間地点までを「5年間の集中期間」を位置づけ、少なくとも100カ所の「先行地域」の創出と、8つの項目からなる「重点対策」の実施を行っています。その中身を見てみると、発電や住宅・建築物関係の再生・省エネルギーに係る取組、資源循環に係る取組等が目立ち、「観光」に直接言及した取組としては、国立公園における「ゼロカーボンパーク※」のみとなっています。その意味では、国立公園等の一部の地域で独自の取組が進められていく一方で、多くの観光地では当面は、観光に拠らない一般地域の一つとして、エネルギー・資源関係の取組が求められていくことになりそうです。
一方、国際的な枠組みや政府の取組と並行して、自発的に積極的な対応を見せる地域もあります。例えば北海道ニセコ町では、2020年7月に「ゼロカーボン宣言」を行い、脱炭素化社会の実現に向けた取組を進めています。気候変動の問題はニセコ町が単体で取り組んでも解決できるものではありませんが、取組の根底には、気候変動がこのまま進み、地球が温暖化すれば、世界の観光客を惹きつけているニセコのパウダースノーも失われてしまうのではないかといった危機感があります。それを防ぐには、まず率先して脱炭素に取り組み、賛同する地域を増やしていく必要があるということです。この構図は、海岸線の上昇に悩む島しょ国の状況にも似たものがあるかもしれません。これらの国・地域は、単体では確かに小さく、取組の効果も小さいのかもしれませんが、気候変動に係る会議の場では、フィジーやツバルなどを始めとして大きな発信力と説得力を持ってきたのも事実です。
COP26の開幕時、エリザベス女王は、「行動による恩恵は、いまを生きる世代全員が得られるものではない。しかし、自分たちのためではなく、子どもたち、さらにその子どもたちのために行動を起こすのだ」とも述べています。COP26、そしてグラスゴー宣言を経て、次世代のために、そして世界中の美しい観光地を残すためにも、観光地独自の取組がより多面的に拡がっていくことに期待しながら、当財団としてもその動きを引き続き応援していきたいと思います。
いずれも公開情報を元にJTBF整理
※ゼロカーボンパーク:環境省が主となって進める、国立公園における電気自動車等の活用、国立公園に立地する利用施設における再生可能エネルギーの活用、地産地消等の取組を進めることで、国立公園の脱炭素化を目指すとともに、脱プラスチックも含めてサステナブルな観光地づくりを実現していくエリア。地域は登録することで、ゼロカーボンシティの支援に活用できるエネルギー対策特別会計予算及び自然公園等整備費等の既存予算をパッケージとしつつ、登録後には地方環境事務所による取組に対しての伴走支援を受けることができる。