はじめに
昨年度より、観光地におけるレジリエンスに関する研究を進めている。具体的には、各分野におけるレジリエンスの概念や、レジリエンス研究のアプローチ、レジリエンスの要素等を整理するとともに、特に海外で進んでいるデスティネーション・レジリエンスの考え方を国内地域と照らし合わせながら検証し、レジリエンスな観光地のあり方を考察することを目的としている。
前回(vol.445)のコラムでは、レジリエンスの定義や、レジリエンス研究のベースとなっている適応循環モデル、都市レベルでレジリエンスを推進している試みなどを紹介したが、今回は、観光以外の先行研究や機関の取り組み等も参考にしながら、「個」のレジリエンスの要素と、地域や組織といった「集合体」のレジリエンスの要素がどのように整理されているかを概観したい。
「個」のレジリエンスの要素
「個」のレジリエンスについては、特に心理学等の分野からの研究が進んでおり、資質的に備えている要素と、後天的に高められる要素があることが明らかにされてきた。具体的にどういった要素がどちらに属するのかという分類を試みたのが「二次元レジリエンス要因尺度(BRS)」である。平野(2010)は、探索的因子分析等により、「資質的レジリエンス」の要素として、「楽観性」、「統御力」、「行動力」、「社交性」を、「獲得的レジリエンス」の要素として「問題解決志向」、「自己理解」、「他者心理の理解」を抽出した。
同じく心理学では、挫折に至るプロセスを明らかにする研究が古くから行われており、seligmanによる「学習性無力感理論」と、そこに原因帰属を追加した「改訂学習性無力感理論」が知られている。同理論は、1.状況(ストレス)→2.認知(無力感の学習:自分の働きかけではストレスがなくならない状態)→3.原因帰属(内在性(自分がダメ)→安定性(いつもダメ)→全般性(全てがダメ))→4.結果の予測(やる前から悪い結果を予測)→5.問題・症状(自尊心の低下、意欲低下、抑うつ)という流れで整理されている。平林(2018)はそれをふまえたレジリエンスに必要な構成要素として、①支援やケアの関係(困難やストレスに直面した時に周囲から支援やケアを得られるような関係を築いていること)、②問題解決能力(困難やストレスを分析して現実的な次の一歩を設計すること、人を責めるのではなく行動や仕組みの中に問題を発見して改善に結び付けること、解決策を行動計画に落とし込みPDCAを回せること)、③論理的に物事を捉える力(目の前で起きていることを言語的に捉え論理的な説明に落とし込める)、④前向きに自分を信じる力を示している。
また、Andrew,Z. and Ann,M.H(2013)も、個人のレジリエンスは数えきれないほど多くの要因があるとした前提で、経験に基づき状況を再評価し、感情を調整し、逆境をバネに変えようとする思考パターンに基づく「自己回復力」「自己統制力」(社会心理学者がハーディネス(強靭さ)と呼ぶ性質)を紹介している。加えて、「信仰心」や「文化的アイデンティティ」(民族の伝統に強い愛着がある)がある人も高いレジリエンス力を発揮する傾向にあるとしており、仲間同士の強いきずなを尊重する文化的グループの一員は個人としても強いレジリエンスを発揮すると述べている。
民族性がレジリエンスに影響を及ぼすという意味では、欧米圏では、自己が他者から独立しており、自己の独自性を見出す「相互独立的自己感」が優勢であるのに対し、日本では、人は相互に結び付いたものであると考え、他者との協調を尊重する「相互協調的自己感」が優勢であると指摘した研究もある。村木 (2015) は、こうした研究をふまえた上で、日本においては関係性の中で適切な役割を遂行することで精神的健康を保っている可能性が考えられるとし、集団と協調しながら立ち直る個人のレジリエンスを検討することが今後の国内のレジリエンス研究に新たな可能性をもたらすのではないかと指摘している。加えて、元の状態に戻るための「回復」に加えて、脅威を挑戦や学習の機会とみなす「成長」が重視されていることを紹介し、「成長」という側面に寄与する個の要因を明らかにすることの必要性を示唆している。
Andrew,Z.and Ann,M.Hも「レジリエンスはイノベーションの重要な原動力として認識されるようになるだろう」と述べており、加えて、個人(内)のレジリエンスは家族や職場、地域など外へと伝播するものとしている。
「集合体」のレジリエンスの要素
では、組織や地域といった集合体として考えた場合はどういった要素が必要だろうか。
企業の集合体でもある観光地においては経営学からのアプローチが参考になる。水野(2017)によると、経営学におけるレジリエンス研究の共通した概念は、環境の変化が激しい中で企業が高い業績や成果を達成できるかどうかという説明変数として、コアコンピタンス(企業独自の中核的な能力)やダイナミックケイパビリティ(状況に応じて組織が意図的に資源を創造・拡大・修正する能力)などが取り上げられてきたとしている。
また、ストックホルムレジリエンスセンターでは、人間と自然が一つの社会生態系にあるという点を強調した上で、レジリエンスを構成する7つの柱として、「多様性と冗長性の維持」「結合性の管理」「漸次的変数の管理」「複雑な適合システムへの促進」「学びの奨励」「参画の拡大」「多元主義の促進」を示している。
また、先ほども紹介したアンドリューは、社会的レジリエンスを育む豊かな土壌を形成する要素として「信念と価値観」、「思考の習慣」、「信頼と協力」、「認識の多様性」、「強力なコミュニティ」、「通訳型リーダー」、「危機に対応する適応能力」を挙げている。その上でまずは脆弱性や限界点を把握することや、柔軟性に富んだ構えを身に着ける必要があることを示している。
現状を分析するという視点では、海外の研究機関等においてレジリエンスのアセスメントツールも開発されている。例えば、PATAのCrisis Resource Centerは、地域が新型コロナウイルスによる危機から回復し、今後の危機に備えることを目的としたTourism Destination Resilience(TDR)プログラムを開発し、地域のレジリエンス力を高めるための講座や、20の質問によって地域のレジリエンス力を評価するツールなどを開発している。20の質問を概観すると、地域としてのSDGsへの参画姿勢やリスク評価システムの有無の他、リスク発生後の復旧計画の構築能力や観光による開発影響をコントロールする機能の有無など、DMOの役割を問うものが8割を占めている。
また、Resilience Allianceは2010年に主に社会生態系の管理を意識した「Assessing Resilience in Social-Ecological Systems: Workbook for Practitioners 2.0」を開発した。それぞれの実態を書き込みながら地域のレジリエンスを評価することで不確実性や変化に対応するための戦略策定に資することを目的としている。
その他にも、前回紹介したOECDの「Guidelines for Resilience Systems Analysis」等があるものの、これらを概観すると、その組織のバックグラウンドによって分野の強弱があることがうかがえる。さらに、どういった文脈や場面で適用するかによって、抽出されたレジリエンスの要素が当てはまるかどうかが異なるという点も指摘されており、検討課題と言えそうである。
おわりに
観光地単位で考えた場合、新型コロナウイルスそのものというよりも、コロナがきっかけになって様々な変容が起きている状況をどう捉えていくか、それに対して自分たちの考え方をいかに柔軟に変化させていけるかという、「観光地のトランスフォーメーション」が求められている。レジリエンスは思考法の訓練によって高められるものであることがわかる。上記で紹介した各種ツール等も参考にしながら、まずは現状を分析することで地域に必要なレジリエンスの要素が見えてくるかもしれない。本研究においても地域のケーススタディを通じて日本の観光地ならではのレジリエンスのフレームワークの構築を試みたい。
参考
- 平野真理「レジリエンスの資質的要因・獲得的要因の分類の試み1) ―二次元レジリエンス要因尺度(BRS)の作成」パーソナリティ研究2010年 第19 巻 第2 号 94–106
- 平林慶史「個人のレジリエンス—人はどうしてへこたれるのか」『看護管理』28巻4号 (2018年4月)
- 村木良孝「レジリエンスの統合的理解に向けて -概念的定義と保護因子に着目して―」東京大学大学院教育学研究科紀要第55巻,2015年
- アンドリュー・ゾッリ/アン・マリー・ヒーリー『レジリエンス 復活力 あらゆるシステムの破綻と回復を分けるものは何か』2013年
- 水野由香里「Resilienceに関する文献レビュー -経営学研究における理論的展開可能性を探る-」『経営論叢』 6(2) 2017年
- Stockholm Resilience Center
Seven principles for building resilience in social-ecological systems - PATA Crisis Resource Center
Resilience Assessment - The Resilience Alliance
Assessing Resilience in Social-Ecological Systems: Workbook for Practitioners - OECD
Guidelines for Resilience Systems Analysis