近年、観光産業において、環境への関心がかつてないほど高まっています。従前から、エコツーリズムのような形で環境と観光を組み合わせたものは存在していましたが、近年は一歩踏み込んで、どのようにして観光産業全般から生じる環境への悪影響を緩和させることができるのかという点に注目が集まっています。ホテルをはじめとするサービス産業でプラスティックのストローを廃止しようという取り組みは、その一例となります。
また、飛行機での移動が温暖化に与える影響を懸念し、特に欧米の若者の間で、飛行機に乗ることを恥と考えて他の移動手段を利用することを進める運動(「フライトシェイム(Flight shame)運動」)が発生したことも話題となりました。このようなことは、旅行客の間でも、環境に関する意識が、実際の行動に影響しはじめていることを示唆しています。
本コラムでは、そのような背景を踏まえて、「持続可能な観光」へ旅行客を誘導するためには何が必要なのか、近年の先行研究をベースに考えていきます。
日常生活における環境に配慮した行動を引き起こす要因
環境心理学の分野では、環境に配慮した行動(pro-environmental behavior)を引き起こす主な要因は、2つあると考えられています1。1つ目は、利己心(self-interest)、つまり自分の利益のために環境に配慮した行動を取るということです。例えば、電気料金を抑えるために、こまめに電気を消す等の行動が含まれます。2つ目は、自己概念(self-concept)、つまりいい気分になりたいため、環境に配慮した行動をするということです。少し価格が高めであっても環境に配慮した商品を選ぶ等の行動はここに含まれます。また、その他にも、「環境に配慮すべきである」といった社会的な規範(social norm)も、環境に配慮した行動を引き起こすと考えられています。
初期の研究では、何らかの経済的利益を与えることが、環境に配慮した行動を引き起こすためには有力であると考えられていましたが、近年は「環境に優しい行動をとって、いい気分になりたい」という人々の感情を利用することが効果的である、と主張する研究が増えてきています。このような論調の変化の背景には、経済的利益のような外発的報酬(extrinsic rewards)よりも、「いい気分になりたい」といった内発的報酬(intrinsic rewards)のほうが、持続的かつ長期間にわたる行動の変化を引き起こすために強力であるということが分かってきた、ということがありました2。
日常生活と旅行中の違い
では、日常生活から離れた、旅行中の行動はどうでしょうか。残念ながら、日常生活に比べて旅行中は環境に配慮した行動をする割合が大きく下がることが分かっています3。旅行者の大半は、「楽しさ」を求めるために旅行しており、日常生活に比べて「浮かれた気分」にいると考えられています。この「浮かれた気分」のため、日常生活では環境への意識が高い人でさえ、旅行中は環境に優しくない行動に出てしまう傾向にあります。また、日常生活と違い、環境に配慮したところで自分に利益がでることもなく(例:ホテルでお風呂の水を節約しても、宿泊料金は変わらない)、さらに環境に配慮しようという気を起こさせません。
また、日常生活において有効だと考えられている「いい気分になりたい」といった人々の感情を利用して、環境に優しい行動を促そうとする取り組みは、「浮かれた気分」にいるという旅行者の特性からあまり有効ではありません。例えば、海外のホテルに行くと、環境に配慮した行動を促すシールや文言を良く見ますが、これは効果が薄い可能性が高いということです。実際、ホテルに宿泊しているお客さんに対して、彼らの環境に関する価値観に訴えかけることで、環境に配慮した行動を引き起こすことができるかを実験した先行研究があります4。この研究では、リユースやリサイクルを促すシールを使って、宿泊客に環境に配慮した行動を促していますが、このシールがあってもなくても、結果に影響しないことが発見されています。
旅行中において、環境に配慮した行動を引き起こすには?
では、旅行中において、環境に配慮した行動を引き起こすためには、どのような仕掛けが必要なのでしょうか。まだ、先行研究があまり積みあがっていない分野ではありますが、旅行中においても、利己心に訴えかける状況を作り出すこと、つまり「旅行客が環境に配慮した行動を取ることで、利益を受け取る仕組みをつくる」ことが、有力な方法の1つではないかといわれています5。この方法を主張している研究では、タオルやシーツのリユースをしてくれた人に、一杯分のドリンクチケットを提供することが、最も効果的に旅行客の行動を変化させることが示されています。
また、旅行客の行動を変化させるとは少し違った話ではありますが、そもそもサービスのベースとして、環境に負荷をかけない方法を選択するということも、業界全体の流れとして感じ取れるのではないでしょうか。冒頭で書いたストローの話もここに含まれますが、小分けされたボトルではなく、備え付けという形でシャンプー等を提供する方法もここに含まれます。多くの場合、そのような方法を選択しても、観光客の満足度には影響を与えないことが分かっています6。
どのような旅行客がどのような状況において、環境に配慮しない行動を取るのかということを調べることも、その対策を効果的に行うために重要であると考えられます。例えば、ホテルのビュッフェにおいては、子どもが多い宿泊客や、あまり混んでいないという条件があると、自分が食べられるよりも多くの料理を取ってしまい、結果として食品ロスにつながってしまう傾向が高いことが分かっています7。このような傾向が分かれば、対策も打ちやすくなります。
終わりに
さて、本コラムでは旅行における環境に配慮した行動を促すためには、という視点で先行研究を見てきました。人の行動を変化させることは一般的に難しいことですが、旅行中は、その快楽的性質もあいまって、人々を環境に優しい行動へ誘導することはさらに難易度が増します。また、ビジネスサイドに対しても、「環境のため」という美辞麗句を掲げて、彼らの活動に自主規制を求めることも一定の限界があり、その協力を得るためには、環境に配慮した取り組みが、決してビジネスの不利益につながるものではないということを理解してもらう必要があります。
本コラムの後半で紹介した研究結果は、「旅行客の満足度を維持させながら、環境に配慮した行動へ誘導する」仕組みづくりについて、示唆を与えるものとなります。今後、持続可能な観光を広げていくためには、このような研究の積み重ねとその実践が必要となるのではないでしょうか。
参考文献
- Steg, L. & Vlek, C. Encouraging pro-environmental behaviour: An integrative review and research agenda. J. Environ. Psychol. 29, 309–317 (2009).
- Linden, S. Van Der. Intrinsic motivation and pro-environmental behaviour Response of chinook salmon to climate change. Nat. Publ. Gr. 5, 612–613 (2015).
- Dolnicar, S. & Grün, B. Environmentally friendly behavior: Can heterogeneity among individuals and contexts/environments be harvested for improved sustainable management? Environ. Behav. 41, 693–714 (2009).
- Dolnicar, S., Knezevic Cvelbar, L. & Grün, B. Do Pro-environmental Appeals Trigger Pro-environmental Behavior in Hotel Guests? J. Travel Res. 56, 988–997 (2017).
- Dolnicar, S., Knezevic Cvelbar, L. & Grün, B. A Sharing-Based Approach to Enticing Tourists to Behave More Environmentally Friendly. J. Travel Res. 58, 241–252 (2019).
- Dolnicar, S., Knezevic Cvelbar, L. & Grün, B. Changing service settings for the environment: How to reduce negative environmental impacts without sacrificing tourist satisfaction. Ann. Tour. Res. 76, 301–304 (2019).
- Juvan, E., Grün, B. & Dolnicar, S. Biting Off More Than They Can Chew: Food Waste at Hotel Breakfast Buffets. J. Travel Res. 57, 232–242 (2018).