■「訪日外国人3000万人プログラム第1期(仮称)」の始動
2000年代に入り、わが国ではインバウンド振興を国の主要な観光施策の一つと位置づけ、2003年度から「ビジット・ジャパン・キャンペーン」(VJC)の展開など、官民あげての外国人旅行者誘致に取り組んできました。VJC開始時の数値目標は「2010年までに訪日外国人旅行者数を(当時のほぼ倍の)1,000万人にする」というもので、VJCの効果などで2008年の訪日外国人旅行者数は約835万人に達しました。
そこで、2010年以降の新たな目標値として、2008年6月の観光立国推進戦略会議で「2020年までに訪日外国人旅行者2,000万人」が打ち出されました。さらに現政権誕生後、今後とも観光政策を重視する方向が示され、訪日旅行誘致にもさらに拍車がかけられています。今年10月に提出された観光庁の2010年度予算概算要求では、訪日外国人旅行者数について、「2010年に1,000万人を確実に達成、2013年に1,500万人、2016年に2,000万人、2019年に」2,500万人、そして将来3,000万人へ」とする「訪日外国人3000万人プログラム第1期(仮称)」が盛り込まれました。
しかし、訪日外国人旅行者2,000万人、3,000万人を実現するには、さまざまな課題があることも事実です。
■受入体制の課題(宿泊施設を中心に)
まず、訪日外国人旅行者数が2,000万人とか3,000万人というのがどういうことなのか、イメージしてみましょう。
日本の総人口が約1億2,800万人(2005年国勢調査)ですから、総人口の16%(ほぼ6人に1人)~23%(ほぼ4人に1人)に当たる外国人旅行者が日本に訪れるということになります。季節波動を無視すれば、毎日5.5万人~8.2万人が訪日するのです。また、日本政府観光局(JNTO)の「国際観光統計2009年版」によれば、訪日外国人旅行者の日本での平均宿泊数は5.4泊(推計)ですから、これをそのまま当てはめると、訪日外国人の延べ宿泊数は1億800万人泊~1億6,200万人泊となります。
このような状況を想定すると、まず、宿泊施設の受入体制が大きな課題となると思います。2008年3月末現在で、旅館業法による営業許可を受けたホテルと旅館の客室数は合計約159万室(厚生労働省資料)、年間供給量にすると約5億7,900万室ですから、単純に数量的には2,000万人、3,000の外国人旅行者は受け入れられそうです。 しかし実際には、外国人旅行者の季節波動や日本人観光客との競合がありますし、外国人旅行者の受け入れに消極的な宿泊施設も少なくありません。地域別にも宿泊施設数に偏りがあり、外国人旅行者が行きたい旅行先に十分な宿泊施設があるとは限りません。これらの状況をシミュレーションして検討する必要があるでしょう。
また、2,000万人、3,000万人の外国人旅行者が訪日するようになれば、その国籍や旅行形態、旅行内容、宿泊施設を始めとする観光施設に対するニーズなども今以上に多様化する(と言うより、多様化を図らなければ2,000万人とか3,000万人は達成できない)でしょうから、一定以上の規模で一般的に観光客に利用されるホテル、旅館だけでなく、「ジャパニーズ・イン・グループ」などの小規模旅館、「ゲストハウス」「バックパッカーズイン」などの低廉な宿泊施設で外国人客を受け入れることも必要です。これらの施設では、現在でも外国人旅行者に重点を置いて積極的に受け入れている施設も少なくないので、それらの施設の経験を宿泊業界に広く知ってもらうことも有効かと思います。
次に、外国人旅行者に対する出発前の情報提供も大きな課題です。外国人旅行者が宿泊施設を始めとする観光施設や観光地など日本の観光情報を入手しようとする場合、ガイドブックで「当たり」をつけて、インターネットで詳細な情報を収集するというパターンが多いと言われます。これらのツールに適切な情報を提供する必要があるでしょう。
外国人旅行者数がさらに拡大すると、「食」提供の問題もいっそう重要になると思われます。具体的には、旅館の1泊2食システムの見直し、国籍・宗教・嗜好(ベジタリアン等)・健康(アレルギー等)に対応した食事の提供などがあげられます。また、小規模・低額宿泊施設を中心に食事(特に夕食)を提供しないところが多くなるでしょうから、この場合は地域の飲食施設と連携して、飲食施設における外国人客受入体制を整備するとともに、宿泊施設ではこれらの施設の情報を外国語の印刷物で紹介することが必要になります。
その他、交通機関や観光地内、観光施設等における外国語案内表記のいっそうの充実、外国人旅行者が病気・事故等に遭った場合の医療機関との連携なども課題でしょう。
■受入体制以前の課題も
外国人旅行者のさらなる拡大を図るには、日本における受入体制だけでなく、そもそもより多くの外国人に日本に来てもらえるような誘客プロモーションと航空機の座席供給量の確保が欠かせません。
以下簡単に述べるに留めますが、プロモーションに関しては、現在特に力が入れられている中国など東アジアからの誘客と各国の「富裕層」だけでなく、リピーターのFIT(個人旅行者)も積極的に誘致しなければ、2,000万人、3,000万人の実現は難しいのではないでしょうか。その場合、欧米マーケットも重視しなければならないでしょう。
航空座席に関しては、季節波動や方面、船舶利用を無視して単純に計算しても、毎日片道5万人~8万人分の航空座席(1機当たり平均200席とすると250便~400便)が必要ということになります。これに日本人利用や季節波動等の要因を加えると、十分な座席供給量を確保できるでしょうか。
■インバウンド振興の本来の目的は? そしてアウトバウンドは?
インバウンドの振興を図る理由として、しばしば、日本人観光客のオフ対策、日本人観光客の減少対策、地域での消費による波及効果などがあげられます。もちろんこれらは観光地にとって重要なことで、そのために外国人旅行者数のさらなる拡大を目指すことが必要なことは否定しません。しかし、ただ数値目標を達成すればいいというものでもないような気がします。来訪した外国人を暖かく迎え、地域のいろいろな魅力をよく知ってもらい、「来て良かった」「また来たい」という気持ちになってもらうような接し方をすることが、地域にとってより大事なのではないでしょうか。
よく知られているように、「観光」の語源は「国の光を観る」です。国際観光の大きな意義の一つが、違う国の国民同士が相互交流を拡大して相互理解を深めていくことにあるとすれば、インバウンドの振興と合わせて、日本人の海外旅行、つまりアウトバウンドの振興も同様に重要なのではないでしょうか。