御城印、御宿場印-広がる“御朱印”の世界 [コラムvol.451]

近年、御城印、御宿場印といった、神社仏閣でいただく御朱印とは異なる“御朱印”の世界が静かに広がっている。神社仏閣の御朱印と同様に、筆書きの文字、朱印、日付などが記入されたものをいただき、集印帳に集めていくものだ。

この“御朱印”は、より深く広くその地域を楽しむ手がかり、そして来訪のきっかけになるのではないかと思う。本稿では3つの事例に触れながら、“御朱印”の魅力と、その効果について考えたい。

お城巡りの楽しみを高める“御城印”

“御城印”は、城を訪れた記念にいただくものである。一説には1991年に松本城(長野県)で制作したものが始まりとされ、郡上八幡城(岐阜県)の御城印の売り上げを2016年熊本地震で被災した熊本城(熊本県)復旧のために寄付したことや、令和改元時の限定御城印の人気などが後押しとなり、近年、全国へと広がったようだ(毎日新聞『城主の家紋あしらった「御城印」山梨県内で人気』2020/10/01、平野陽子『はじめての御城印めぐり』2020、JTBパブリッシングより)。

城名を半紙に記し、ゆかりある城主の家紋・花押などの印を押すというのが基本スタイルだが、ほかにも城や武将のイラストがデザインされたり、背景がカラフルだったりと個性豊かだ。見た目が楽しいだけでなく、それらの印やイラストから、その城の歴史や背景を知ることができる。

御城印を集める「御城印帳」は、透明なポケットが蛇腹に連なっており、御城印を収納することが可能だ。まだ空いているポケットを見れば、次はどの城にいくか、ついワクワクと考えてしまう。

御城印帳に収めた御城印帳

御城印帳に収めた御城印帳

右:新府城(山梨県)の御城印。城主・武田勝頼の軍旗から“大”の字があしらわれている
左:臼杵城跡(大分県)の夏限定御城印。戦国時代にここを拠点とした大友氏の家紋「杏葉紋」(上)、
江戸時代にここを居城とした稲葉氏の家紋「折敷に三文字紋」(下)、
近隣にある国宝の磨崖仏・臼杵石仏の蓮があしらわれている

縄文の遺物に出会う“三十三番土偶札所巡り”

八ヶ岳を中心とした中部高地では、多くの縄文時代の遺物が出土している。豊かな縄文文化が残るこの地で、特に注目される土偶・土器33点の“御朱印”が制作された。日本遺産『星降る中部高地の縄文世界-数千年を遡る黒曜石鉱山と縄文人に出会う旅-』(2018年認定)の一環として行われている取組である。

選ばれた33点の土偶・土器(=札所)を展示している17箇所の施設にて、土偶・土器の愛称とそれを象った朱印、「札所」の番号が付された“御朱印”をいただくことができる。専用の「御朱印帳」は、すべての札所をめぐれば全頁が埋まるようになっており、「コンプリート欲」がそそられる。

挟み込まれているパンフレットには、御朱印をいただける「札所」と周辺観光スポットをまとめたマップ、土偶巡りの「お作法」、学芸員が語る見どころ、グルメやお土産の紹介などを掲載。縄文の遺物と周辺エリアの魅力をさらに知ることができ、より深く中部高地エリアを楽しめる。

土偶札所御朱印帳、パンフレット等

土偶を象った印は特徴をよく捉えており、かつかわいらしい。
色移りやにじみを防ぐために挟まれる紙(左下)には、近隣にある新府城の紹介も記載。
パンフレットは折り込むと御朱印帳にきっちり収納できる。
専用の御朱印帳はケースつきで高級感のある作り。つい手に取りたくなる洒落たデザイン。

 

土偶札所巡りパンフレット

パンフレットに記載の「お作法」「見どころ」を参考に土偶・土器を深く楽しめる。
QRコードからはグルメやお土産の情報にアクセスできる。裏面にはマップあり

昔を偲び、街道と宿場町を歩く “御宿場印”

江戸時代、街道の拠点となった“宿場”は、いまでも時に往時の面影を残している。そんな旧宿場町に光を当てようと、各地の宿場町で、宿場印、御宿場印の制作が進められている。

2021年春、五街道に賛同の和を広げることを目指し、東海道の二川宿・吉田宿(愛知県)にて最初の“宿場印”を制作した(朝日新聞『あやかれ「印」ブーム 宿場町の愛知・豊橋が「御宿印」』2021/3/16より)。その流れに乗って、「印を集めながら歩いてみれば、観て知って食べて、街がもっと好きになる」というコンセプトのもと、日光街道・西日光街道でも2021年4月頃から御宿場印の販売を始め、7月には全30箇所の御宿場印が完成した。一つの街道の御宿場印がすべて揃うのは、初めてのことである。(草加市HP『「日光街道・日光西街道 御宿場印プロジェクト」全宿実施開始!』、足立成和信用金庫HP『日光街道・日光西街道 御宿場印プロジェクト』足立成和信用金庫HPより)。

御宿場印は、旧宿場町にある観光協会や神社、商店などで販売されており、江戸時代の町並みや旅人の姿などがあしらわれている。周辺を歩けば、往時の宿場の賑わいを偲びながら、食事やショッピングが楽しめる。日光街道は約140km、西日光街道は約42kmと長い道のりだが、専用の御宿場印帳が用意されており、すべての宿場を巡って揃えたくなる。

日本橋の御宿場印、パンフレット

起点である日本橋(東京都)の御宿場印。
日本橋をモチーフにした浮世絵があしらわれており、江戸時代の姿を偲ぶことができる。
パンフレットには宿場とそれぞれの御城印等を記載

 

販売地点

日本橋の御宿場印は日本橋観光案内所で購入可能。
目の前には日光街道を始めとする五街道の起点であった日本橋が現存する

“御朱印”で広がる旅の楽しみ、地域にとっての“御朱印”

“御朱印”は、見た目の美しさや楽しさもさることながら、これまで注目していなかった資源の魅力を知る、あるいはよく知っていた資源の背景をより深く味わうことにつながるように思う。

まだ見ぬ“御朱印”を集めるために旅することもあれば、旅先で思いがけず出会って入手できることもあり、“集める楽しみ”を味わうこともできるだろう。近くに“御朱印”があるポイントを見つけたら、ついでに立ち寄って、その地域をより楽しむきっかけにもなるかもしれない。

“御朱印”は地域をより深く知り、旅の楽しみを広げる手がかりになると同時に、来訪のきっかけになる、魅力的なコンテンツではないか。

一方で、観光を通じた振興に取り組んでいる地域からすれば、“御朱印”は、これまで注目されていなかった地域資源に光を当て、誘客のきっかけとなるツールになりえるように思う。たとえば、三十三番土偶札所巡り、日光街道・日光西街道 御宿場印のように、専用の集印帳を作ってシリーズ化すれば、周遊を促進できるだろう。さらに、三十三番土偶札所巡りの事例のように、周辺の観光情報もあわせて伝えることにより、滞在時間延伸、消費拡大にも貢献しうると考えられる。

例に挙げたほかにも、武将の記念符“武将印”、古墳を巡る“御墳印”、酒蔵を巡る“御酒印”、温泉を巡る“御湯印”など、“御朱印”は様々な分野に広がり続けており、旅人を惹きつけ、地域を豊かにする魅力的な仕掛けとして定着してきたという印象がある。

また、コロナ禍における観光のあり方の一つとしても面白いのではないか。複数のポイントを個人で周遊する密を避けた旅行スタイルであり、近場の名所旧跡巡りの動機としてマイクロツーリズムの後押しにもなりえると考えられる。

筆者としては、いち旅行者として“御朱印”の世界を楽しむと同時に、地域への影響も踏まえ、今後の“御朱印”の展開を注視していきたい。