<はじめに>
札幌から函館本線に乗り、銭函を過ぎると鉛色の日本海が広がります。冬の小樽に向かう旅情をそそる瞬間ではないでしょうか。久し振りに訪れた小樽は残念ながら大雨。今や年間750万人が来訪する国際観光地に変貌した北のウォール街は人影もまばらでした。
今、北の大地・北海道では地元の旅行会社や体験事業者など民間組織がネットワークし、地域主導の観光へと新しい取り組みを始めようとしています。発地型だけでない着地型観光へのパラダイムシフトが指摘される中で、全国で着地型の取り組みが進められていますが、まだビジネスモデルが確立されているわけではありません。その挑戦の第一歩が旭川、小樽、函館、札幌からスタートすることとなり、小樽での説明会に参加することとなりました。
<まずは小樽市観光基本計画と小樽人のこと>
私にとって小樽といえば、「新・いいふりこき宣言」と題されたユニークな小樽市観光基本計画策定のアドバイザーとして度々訪れた思い出深いところです。第1回策定委員会に招かれたのが2003年11月21日、それから実に15回の委員会が開催され、2006年4月、2年半の歳月を費やしてようやくこの計画が出来上がりました。地元委員の皆さんの熱い議論を辛抱強く待ち続けた市経済部(現産業港湾部)観光振興室の姿勢は立派だったと思います。
1986年の小樽運河再生からちょうど20年が経過し、大発展を遂げた小樽観光ですが、課題は山積していました。計画は小樽観光の新たなスタートとなる今後10年を見据えた観光振興の指針となるよう策定されました。
市民を主役にした計画策定の背景には、小樽観光発展の基礎は昭和40年代後半から約10年間続いた峯山冨美さん(「小樽運河を守る会」の元会長)らを中心とした市民による運河保存運動であり、小樽市民の参画なくして小樽観光は成立し得ないという市観光振興室の強い意志が働いていたものと思います。そのため、メンバーの皆さんも骨太で個性豊かな方々ばかりでした。運河を埋め立て道路整備を推し進めようとする市長のリコール運動の先頭に立った行政マン、小樽観光を「低俗土産物観光」と痛烈な批判をする武闘派まちづくり運動家(お蕎麦屋の社長さん)、卸売り業者を通さず、直接消費者(観光客)に販売を始めた日本酒の流通革命を起こした造り酒屋の社長、さらにはニューヨーク仕込みのバーテンダーさんやボランティアガイドさんなどなど・・・。
小樽の観光資源は、小樽運河や鰊御殿、裕次郎記念館などだけではなく、「小樽人」ではないか・・。15回に及ぶ委員会での議論の核心は、小樽観光のコンセプトそのもの。つまり皆が納得できるキャッチフレーズづくりに終始しました。そこで採用されたのが「新・いいふりこき宣言」であり、”新たな「いいふりこき」の心を市民全員で共有し、協働で取り組むことを小樽観光の基本理念”としたわけです。
「いいふりこき」とは、良い振りをする、カッコつける・・つまり、”市民自らが誇りを持って観光まちづくりを担い、観光客に小樽の街をつい自慢したくなるような”・・そんな「新しい」いいふりこきをしようという市民宣言でもあります。ちなみに、40ページ弱の観光基本計画の中には、「まちづくりを担った小樽人たち」というコラムが5編(広井勇、加藤秋太郎、山田吉兵衛、藤山要吉、辰野金吾・小坂秀雄)も掲載され、まちづくりから観光への礎を築いた小樽人の足跡を紹介しています。
今年で12回目を迎える「小樽雪あかりの路」は、北海道を代表する冬の風物詩として成長していますが、このイベントも市民一人ひとりのボランティア(最近は道外や海外からの参加者も増え、参加することの感動がさらなるボランティアを生むという好循環ができています)で成り立っていて、市民と観光客、すなわち「”人”が主役の小樽観光」の象徴ともなっています。
<北海道発の小さな取り組み-地域観光への挑戦>
そんな小樽の町を会場に地域発観光の取り組みが、地元北海道の旅行会社や体験型観光事業者の皆さん方民間の手によって進められようとしています。「北海道ランドオペレーター協議会」組織化の動きがそれで、旭川、小樽、函館、札幌と順次説明会が開催されています。世話人の4人は皆さん元大手旅行会社での勤務経験があり、北海道に魅せられて移住した方々ばかりです。それだけに北海道の魅力を客観的に捉え、観光客の目線で商品化する能力に長けたいわばプロと言えます。そうした民間のビジネス感覚に溢れた人々が横にネットワーク化し、ノウハウを共有していく、そんな挑戦が始まっています。
小樽でいえば、”団体バスから降りて、小樽運河沿いを急いで散策して記念写真を撮り、寿司屋通りで作り置きした寿司を食べ、歴史的建造物は横目で見ながら、堺町通りでガラス細工を買って、団体バス駐車場に戻る”という通り一遍の発地型定番観光コースから脱却して、より付加価値の高い、深化したプログラムが創造できるかどうかということです。
ランドオペレーターというと、海外や大手の旅行会社からの依頼を受けて現地手配をする会社といったイメージが強いですが、むしろ地域でしか知り得ない旬の情報で付加価値の高い商品・プログラムを開発する「ツーリズム・クリエーター」とでも言うべきかも知れません。
着地型観光の取り組みは、大きく”まちづくり派”(いわば公益型)が推進するものと、”観光派”(いわばビジネス型)が展開するものに分類されると思いますが、今回の取り組みはあくまで後者であり、既にビジネスとして成立している個々のランドオペレーターが、将来を見据えて連携・ネットワーク化し、新たな展開を模索しようというものです。現在、全国組織の設立が想定されており、それを睨みながら、まずは北海道から産声を上げようということに他なりません。
とはいえ、協議会の存在意義は理解できても、具体的な活動として何をするかという役割や機能、組織の運営に係る経費やマンパワーをどこがどう負担していくかなど早急に詰めるべき課題がいくつかあります。また、協議会としての「情報発信」(B to Cはさておき、B to B、つまり発地側の大手旅行会社や鉄道、航空会社との協力関係の構築)、「官や新しい公との連携」(現在は民主体)、「北海道らしい商品開発ノウハウ」(独占的取り扱いの可能性など)、「利用者の安全の担保」(独自の障害保険の可能性など)なども今後の検討課題となるでしょう。
いずれにせよ、パイの拡大が期待できず、リピーターに依存せざるを得ない日本人の観光需要と、今後大きく拡大させようという海外からの観光需要に対して、農業や漁業など一次産業から食品加工や製造業、金融や保険などサービス業も含めて観光産業を大きく捉え直し、その流通・販売の構造を変革しようという地域からの新しい取り組み、新しい挑戦として注目して行きたいと思います。
写真-1 増え続ける外国人観光客 |
写真-2 久し振りに訪れた小樽は大雨・・・・寿司屋通りは人影もまばら |
写真-3 小樽で開催された「北海道ランドオペレーター協議会」設立説明会 |
※ | 「小樽市観光基本計画」は小樽市役所のホームページからダウンロードできます。 http://www.city.otaru.hokkaido.jp/kankou/torikumi/kihonkeikaku/ |
※ | 「小樽雪あかりの路」のホームページ http://otaru.yukiakarinomichi.org/ |