外へ出ること、時を越えること [コラムvol.128]

 今年の夏は何回か大学生と交流する機会に恵まれ、大いに刺激を受けました。私が社会に出た年の夏も、前年の冷夏から一転して猛暑でしたので、働き始めた頃の記憶を久しぶりに思い出すことにもなりました。今回は、日常から離れること、異世代と交流することで現状の枠を広げられる、これは観光まちづくりにも通じるのではないかという想いで書いてみます。

■外へ出てみて、見えること~初めての海外旅行

 今年の7月、母校にほど近い某大学経済学部にて、「ツーリズムと地域振興」という科目を履修する学生に「持続可能な観光まちづくり」というテーマで1コマ、お話する機会がありました。質疑応答で最初に出た質問が、「初めての海外旅行で、一番印象に残ったことは何ですか」。講義内容からかけ離れたその質問に一瞬面食らいましたが、夏休み前のキャンパス独特の雰囲気もあり、学生時代の懐かしい想い出が鮮やかに甦りました。
 答えは、「パリからリヨンへ移動するTGVの料金が列車によって異なり、利用者が予算やスケジュールに応じて選択できること」。今から約20年前の日本では、まだ航空も鉄道も料金が固定的で、現在のような多様な料金設定はありませんでしたが、さすが合理主義の国と言われるフランス、すでにTGVに導入されていました。時間に融通が利く利用者は工夫次第で安く利用できますし、事業者にとっては需要の平準化にもつながるこの料金設定(ピークロード・プライシング)は、経済学の教科書で知っていましたが、その実際を身をもって体感することができました。
 これ以外にも、初めての海外旅行でフランス人のライフスタイルや価値観に触れたことが、それまでやや古風な家庭に育った私には大きな刺激となり、少し大げさですがその後の生き方にまで影響を与えてきたように思います。
 このように海外へ出るまでしなくても、日常から離れることは、未知の仕組みや着眼点に出会えるため、自らの姿や抱える課題に引き合わせて考え、今後へのヒントを見出せることが多いものです。これが、多くの人々が先進地へ視察に出かける理由でしょう。

■「若者達」の取り組み~有馬温泉ゆけむり大学

 9月には、有馬温泉で今年初めて開催された「有馬温泉ゆけむり大学」(8月30日~9月12日)へ行ってきました。これは有馬温泉が、夏休み直後で宿泊客が落ち込む時期に、まだ夏休み中の大学生の力を借りて温泉街を活気づけようと企画しました。関西の4つの大学(大阪音楽大学、近畿大学、神戸芸術工科大学、武庫川女子大学)の有志が、それぞれの専攻分野(芸術、経営)の知識や技術、そして行動力を持ち寄って、有馬を訪れたお客様を楽しませるための(そして自らも楽しむために)様々なパフォーマンスを行うものです。経営学部の学生はイベント全体の企画運営・進行管理を、芸術系の学生は自分たちの創作作品や演奏の披露、映像技術を駆使した情報発信といったように、専攻によって表現方法は違いますが、有馬を舞台にお互い触発しながら力を発揮した2週間でした。

 こうしたイベントが、なぜ有馬で実現したのでしょうか。もちろん、大学が多い関西のアクセス至便な地の利ということもありますが、【かつての有馬の若者達(現在の地域リーダー達)】が、自分の若い頃の感覚を忘れずに持ち続け、「学生さん達なら、有馬を舞台に何か新しくてワクワクするようなこと・場を作り出せるのではないか!」と、若い世代に思い切って任せたことがあるように思います。今のお客様に受けるおもしろいパフォーマンスやユニークな企画を、その道のプロ(の卵)達にそれぞれ任せたということです。
 ここで、有馬温泉が単に「若い感性で、何か作り出して」と大学生側に丸投げするのではなく、自分達がお客様に提供できる魅力を直視したうえで、それを上手に引き出してくれる人材・大学を峻別し、有馬の「ビジョン・意志」を伝えている点が重要です(例:「ドイツのクワ(温泉療養施設)の様に、音楽・温泉・運動・食事・森林、そしてメンタルな部分で『癒し』を考えていきたい」-CARTA DE ARIMA 有馬温泉からの手紙(2010年8月29日配信号)より)。こうした意思の疎通ができる外の人とのつながり(ネットワーク)をしっかり築き、若者の時の気持ちも持ちながら地元の若者達へとつないでいける点が、【かつての有馬の若者達(現在の地域リーダー達)】の強さだと感じます。
 そして、【今の有馬の若者達】は、歳が近い大学生とのコミュニケーションがスムーズで、ITを駆使した新たな取り組みにもしなやかに対応しています。参画大学との企画の打ち合わせやプログラムの調整、期間中の学生たちの宿泊・食事等の手配など、表には現れない細かな調整にも奔走していました。
 こうした様々な人達の力の結集を感じたのが、蒸し暑い夜に温泉寺周辺で行われた灯りイベントの準備・後片づけを、【有馬の新旧の若者達】と【外の若者達】が一緒に汗だくになってやっている時でした。なかなか他の温泉地では見られない光景かと思います。ある大学生が言っていました、「旅館の社長さん・支配人さんが、こんなに気さくでフットワークが軽いとは思わなかった。また来年も、有馬でやりたい」。有馬温泉は、地元の大学生の「心」をつかむことに、少し成功したようです。

■世代と地域を越えた一体感で観光まちづくりを

 今年度、当財団でお手伝いしている研修事業では、足下の地域資源を見つめ直して発掘し、着地型旅行商品の造成・販売につなげるといったテーマを掲げるケースが多くなっています。回数が限られた研修会ではなかなか一筋縄にはいきませんが、こうした研修の場でお伝えしているのが、「自己負担で行った旅行の経験が重要」ということです(研修会場では実践できないことですが)。
 旅行商品として地域資源を組み立てるにあたっても、それを販売する際にも、その担当者が旅行経験に乏しく、地元地域から出ることなくいつもその枠組みの中にだけいては、今どのような旅行が魅力的だと捉えられているか、受け入れ地域がお客様から求められていることは何かといったことが、実感としてわからないのではないでしょうか。業務出張ではなく自己負担の旅行なら、より一層評価の目が厳しくなります。

 とはいえ、あらゆるお客様のニーズを理解して新たな魅力づくりをすることはなかなか困難ですから、ここで大学生をはじめとした異世代や様々なライフスタイル・価値観を持った外の地域の人に助けてもらうということが力を持ってきます。
 有馬の事例では、世代と地域を越えた一体感が生まれているように感じます。
 外から力をもらおう、そのために外へ出て行こう、世代も越えようという姿勢は、着地型旅行商品の開発に留まらず、今、ややもすると地域の中の人達だけでは行き詰まり感もある観光まちづくりにも奏効するかもしれないと感じています。

有馬温泉ゆけむり大学の様子
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