インターネット情報の氾濫と「外れ」リスク [コラムvol.69]

 昨年末にオピニオンリーダー層へのグループインタビューで、「情報収集にどのくらい時間をかけるか」を聞いてみたのですが、インターネットを中心に何日もかけて調べる人も多いようです。インターネット情報が氾濫する中で「外れ」情報を引き込んでしまうリスクも高まっています。(塩谷英生)

■「青春18切符」とグルメ旅行の相性の良さ ~サンクコストの観点から

 成人式の3連休の中日。小さな娘を連れて、「青春18切符」を使った日帰り旅行をしてきました。旅行プランは、宇都宮線を北上してお昼に「佐野ラーメン」を食べ、両毛線で関東平野の北辺をなぞって高崎に至り、高崎近郊の鉱泉に入って高崎線で帰って来るというプランです。
 ご当地ブランド化されたラーメンを味わうための小旅行というのは、普段の私があまり実行しない行動パターンなのですが、青春18切符の有効期限が近づいたことがきっかけになりました。ご存知の方が多いと思いますが、青春18切符は5人日分の鈍行列車1日乗り放題切符で、期間を過ぎると無効になってしまいます。その残部を使っても使わなくても支払った切符代は回収不能であり(いわゆるサンクコスト=埋没費用にあたるもの)、交通費に見合う対価を求める気持ちも小さくなります。
 こういう時に、グルメ旅行は私が最も選択しやすい旅行の一つです。興味はあるけれど、それだけのために旅行する程大きな期待値があるわけではないし、地域ブランド特有の「外れ」リスクもあるので、いつもはなかなか取っ付きにくい分野なのです。
 少し飛躍するかもしれませんが、出張や帰省を兼ねた兼観光も、旅費が別途支払い済みという点では良く似ています。以前釧路で宿泊客アンケートをした際に、出張旅行客の方が個人旅行観光客よりも夕食代が高い傾向がみられました。これは、「折角来たのだから夜だけでも」という意識が観光客以上に働いているからかもしれません。また、昨年行ったオピニオンリーダー層への調査では、仕事で地方へ赴任したり、大学に入学して違う土地に来ている人の方が、今後旅行頻度を増やしたいという回答が多い傾向が見られました。ここにも、「折角引っ越して来たのだからいろいろ見ておこう」といった積極性が垣間見られます。オピニオンリーダー層の約8%が「現在、転勤などで初めての土地で暮らしている」人達ですので、マーケットとしても決して小さくない市場と言えます。

■「外れ」リスクの回避 ~裏を取ることも必要に

 美味しいラーメンに出会わなければ交通費はともかく貴重な「時間」が失われてしまいます。私は情報収集にかなりの時間をかけました。情報メディアはインターネット・サイトで、これはオピニオンリーダー層の旅行先選択においても最も重視されている情報源です。

図.旅行先選択の決め手になることが多い情報源(ひとつだけ)
図

 情報収集に十分な時間を掛ければハズレは少ないというのは私的経験からみて間違いの無いところです。しかし、中途半端にインターネットの情報を活用すると、「こんなはずではなかった」というケースが多いものです。
オピニオンリーダー層へのグループインタビューでも、「昔はインターネットの旅行情報はある程度信頼できたが、最近はサクラ情報が増えたり、HP作成業者がうまく作り込んだサイトが増えてあてにならなくなった」という年配の方の意見が聞かれました。昔、旅館のリーフレットの写真に「騙された」という方も多いと思いますが、同じことがインターネットのサイトで今起こっているのでしょう。
 多くのグルメサイトについても、基本的に広告収入や送客斡旋で運営が成り立っていることを念頭に置く必要があります。また、口コミ投稿者にも「サクラ情報」があったり、作為は無いのかもしれませんが、お店についてのコメントでは絶賛しているのに、評価点をゼロとして平均点を下げている人もいます。
 こうした様々なバイアスを補正するために、多くの旅の達人がしていることと思いますが、私も必ず複数のサイトで裏を取ります。今回は、玉石混交ながら、辛辣な意見が読み取れる「2ch掲示板(まちBBS)」などのページで「佐野ラーメン」についての情報を補正していきました。取るに足らない意見やフェイク情報も混じっているので、この過程での読み込みには結構な時間がかかります。しかし、断片的な情報を紡いで自分の嗜好に合致した店を推量していく過程は楽しいものです。
最終的に選んだお店は、比較的小さなお店で、グルメサイトの口コミ件数も少なかったのですが、複数のサイトで評価が非常に高かったお店でした。そして、JR佐野駅から昼下がりの路地を行くこと10分、途中人通りが少なくて不安になりましたが、そのお店の前に何組かの行列が出来ているのをみてホッとしました。ラーメン自体はあっさりしていながら後味が良く、満足のいくものでした。

■インターネットによる情報収集の限界

 今回も「外れ」リスク回避は成功裡に終わったわけですが、考えてみると相当の時間を費やしています。インターネットでの重層的な情報収集はそれ自体をゲーム感覚で楽しめるような人でないと、時間コストの大きさが意識されるでしょう。加えて、情報利用者である私の嗜好とインターネット上に情報を発信している人々との嗜好の差異をどう調整するのかという問題があります。綿密な情報収集で「概ね満足」というところまで辿り着くことはできても、その先の満足は、嗜好の合致する人を、身近な人、ブログ、SNSなどの中から見出すか、やはり現地に行って確かめるしかないように思います。
 また、有名に成り過ぎて(最近行った石垣島の焼肉店がそうでしたが)「一見さんの予約お断り」というお店も見受けられるようになりました。グルメサイトの情報増加に加えて、カーナビや地図情報サイトのアクセス情報の普及・進化もあり、最近では小さな集落の食堂から山の中のカフェに至るまで、人気店への旅行者の集中という現象が随分見受けられるようになりました。
 こうした状況をお店側からみると、ある程度集客力が高まって来れば、安定的な需要を見込めるリピーターを重視することがリスク回避上合理的になってきます。また、意図したものかは分かりませんが、インターネット上に情報が無いけれども、地元の「通」の中では有名なお店もあります。積極的な発信を控えることで地元客を中心とした安定的な経営を指向していくことも、これからの重要な選択肢の一つとなっていくでしょう。旅行者にとっても、旅先で現地の人とのコミュニケーションを通じて名店を発見できる、そうしたゆったりしたプロセスを楽しむことができれば、それが一番理想的なのだと思います。