山岳利用における「責任ある観光」~北アルプストレイルプログラムより~ [コラムvol.467]

昨年(2021年)秋、長野県と岐阜県にまたがる北アルプス南部地域で実施された「北アルプストレイルプログラム(利用者参加制度)」に関わる機会がありました。今回は、その機会を通じて考えた、山岳利用と「責任ある観光」、登山者が参加できることについて述べたいと思います。

安全で快適な登山環境は当たり前ではない

昨年9月18日~10月18日の1ヶ月間、槍・穂高連峰と常念山脈の登山口には、写真のような看板が設置されました。看板にある通り、北アルプス南部地域の長野県側では、「登山道の維持が危機に瀕して」おり、このままの状態が続くと、「登山道が使用できなく」なる可能性すらあるのが現状です(詳細は北アルプストレイルプログラムのウェブサイトを参照)。

上高地登山相談所前(2021年9月筆者撮影)

槍ヶ岳や穂高岳などを有し日本を代表する山岳地域であるこのエリアでは、登山道が開拓されてからの歴史的な経緯もあり、登山道の維持補修が山小屋の人知れない奉仕により支えられています。登山道の維持補修のための費用は、山小屋や地元の関係行政機関で構成される北アルプス登山道等維持連絡協議会により予算化されているものの、その予算のみでは維持作業にかかる費用を十分に賄うことはできず、不足分は各小屋が自己負担(収益からの拠出)しています。さらには、大雨や地震といった自然災害の多発、ヘリコプター輸送コストの増大等の環境変化に伴い、山小屋の負担は年々増しているのです。

山登りの最中に普段から、「この登山道はどうやって保たれているのだろう」と考える登山者は少ないと思います。一方で、そのような疑問を持つと、安全で快適な登山環境というものは決して当たり前ではなく、誰かがどこかで整えてくれているおかげだということに気づくのではないでしょうか。また、そのような活動が続かなくなれば、安全登山を支える登山道そのものがなくなりかねないということも想像できるのではないでしょうか。

登山者ができること

登山道が維持できなくなるかもしれないという現状は、登山者一人一人の行動によって変えることができます。それは、登山道に負荷をかけないよう気を付けて登ることから、利用に応じて登山道維持費としてお金を支払うこと、登山道維持の実際の作業に協力することまで、様々です。

昨年の北アルプストレイルプログラムでは、登山者の皆さんに金銭的負担に対してどのくらい協力していただけるのかを調べるため、寄付金を支払っていただく実証実験を行うと同時に、アンケート調査を通して、登山者の意向を把握しました。

アンケート調査の回答者は、現在の登山道に関する課題への関心が高い方々が比較的多かったものの、北アルプス南部地域の登山道を持続的に維持していくために協力したいと思う行動について、「登山道を傷つけない登山」は9割近く、「継続的な寄付金の支払い」は7割近く、また、比較的負担の大きい「荷揚げ登山」も2割を超える選択率となり、今後、利用者にも参加いただく登山道維持の仕組みづくりへの期待が持たれました。

北アルプス南部地域の登山道の維持のために協力したいと思う行動(環境省公表資料より筆者作成)

山岳利用と「責任ある観光」

近年、観光業界では「責任ある観光(レスポンシブル・ツーリズム)」という考え方が定着しつつあります。これは、「人々が住むためのより良い場所と、人々が訪れるためのより良い場所を作ること」と定義され、観光事業者、ホテル経営者、政府、地域住民、そして観光客が自らの行動に責任を持ち、観光をより持続可能なものにするための行動を取ることを求める考え方です (※1)。

私は、ここで求められる責任とは、「想像力と思いやり」とも言えるのではないかと考えます。つまり、自らの取る行動が、他者や環境に対してどのようなインパクトをどのくらい与えるのか、もし悪いインパクトであれば、それを軽減するために何ができるかを考えられるかということです。

とりわけ登山のような自然環境利用の場面では、このような「想像力と思いやり」が強く必要とされるのではないかと感じています。なぜなら、自然に立ち入る際は、転滑落、遭難、低体温症、野生動物との遭遇など、都市とは異なる危険やリスクが常に付きまとうことを承知して、「自然の中に足を踏み入れることで、冒険的な楽しみを得る」という側面があるためです。

登山を楽しむことは、自然の中に立ち入る心構えと自身の安全を確保するための入念な準備が不可欠です(※2)。その上で、登山道を未来につなげるための、一歩踏み込んだ責任を果たすこと、主体的な関与が広がることで、登山者同士や山小屋などの地域関係者も、お互いに気持ちの良い山岳利用ができるのではないでしょうか。そんな未来のため、私も今できることから進めていきたいと思います。

参考