現在、筆者が抱えている大きな問題意識のひとつは「観光分野において、図書館を有効に活用した新しい研究とは何か」ということである。
インターネット上で情報が簡単に手に入る時代になり、さまざまな場で「図書館不要論」が唱えられるようになったが、果たして、観光分野の研究者にとって図書館は必要なのか、不要なのか。ここでは、図書館を使った新しい研究のヒントをいくつか取り上げ、研究者が積極的に図書館を使うことの意義、図書館が有するコンテンツの研究価値などについて考えてみたい。
1.図書館が独自に入手した資料を使った研究
新しい研究を開拓するアプローチのひとつは、オリジナルのデータや資料を発見・入手することである。図書館が独自に入手している主な資料としては、以下のものが存在する。
(1)「灰色文献」(Gray Literature)
「灰色文献」とは、一般には流通していない、入手が困難な非売品の資料である。官公庁の刊行物、民間シンクタンク等が作成した調査報告書、統計資料、社史、学位論文、紀要、学会や委員会等の会議録などが該当する。近年は、機関リポジトリ等の普及により「灰色文献」が比較的容易に入手しやすくなった(ただし、データが保存されているWebへの永続的なアクセスが保証されているわけではない)。
図書館によっては、特定テーマに関する「灰色文献」を独自に入手したり、機関リポジトリを設置して公開したりするところもある。特に、特定分野の情報を扱う「専門図書館」では、当該分野における「灰色文献」を所蔵・公開していること、「灰色文献」へのアクセス方法を知悉していることが多い。旅の図書館では、公益財団法人日本交通公社による自主研究報告書、受託調査報告書(一部)等を公開している。
(2)海外の図書・雑誌
日本国内で、観光分野における海外の図書・雑誌を網羅的に収集している図書館は存在しない(国立国会図書館でも、海外の図書・雑誌は法定納本制度の対象外である)。そのため、観光分野における海外の図書・雑誌の所蔵内容は、各図書館が定める選書基準に応じて、まちまちである。
旅の図書館では、主要な学術誌(”Annals of Tourism Research“,”Tourism Management“等)の書評、主要な出版社(”Elsevier Science“, “Taylor & Francis“等)の新刊情報等を参考に、海外の図書の収集を計画的に進めている。
(3)古書
国立国会図書館をはじめに、各図書館では、観光に関連する様々な古書を収蔵している。図書館によっては、古書の一部をデジタル化資料として公開している(著作権の関係から、インターネット上で公開されているものは全体の一部であり、多くは図書館に設置している端末から閲覧できる)。
旅の図書館では、ジャパン・ツーリスト・ビューローの創設に寄与した木下淑夫氏による「木下文庫」を基軸とする観光関係の古書を多数収蔵している。また、日本で最も長い歴史を持つ旅行雑誌『旅』、ジャパン・ツーリスト・ビューローの機関誌『ツーリスト』のデジタル化資料を公開している(館内設置の端末から閲覧可能)。
2.電子ジャーナル、商用データベース、図書館作成データベースを使った研究
一般に電子ジャーナル、商用データベースの購読は高額であるため、研究者個人がこれらを利用するためには、当該電子ジャーナル及びデータベースを提供している図書館を利用する必要がある(もしくは、研究者が所属する組織・団体が当該ジャーナル及びデータベースを購読する必要がある)。また、各図書館が独自にデータベースを作成していることもある。研究に役立つ(研究テーマによっては必須となる)主な電子ジャーナル及びデータベースには、以下のものが存在する。
(1)電子ジャーナル(学術誌)
海外におけるツーリズム分野の国際学術誌は、2014年1月現在で83誌存在する(拙稿「観光研究レビュー:ツーリズム分野における国際学術誌の現状①」を参照)。これら学術誌の一部は、観光学部を有する大学図書館を中心とした各図書館で利用可能である(すべての学術誌を所蔵する図書館は存在しない)。
また、日本国内の学術論文を中心とした論文情報は、国立情報学研究所が提供するデータベース・サービス「CiNii」(サイニィ:http://ci.nii.ac.jp)からアクセスすることができるが、インターネット上で全文を閲覧できる論文は限定されているため、当該学術誌を所蔵する図書館を利用する必要がある(もしくは、研究者個人で当該学術誌を購入するか、所属組織・団体等が購読する)。なお、残念ながら、日本国内の観光関連学会が発行する学会誌の多くは電子化されていないため、出版物を収蔵する図書館を利用する必要がある。
旅の図書館では、日本国内の観光関連学会が発行する主要な学会誌を所蔵しており、また、海外におけるツーリズム分野の国際学術誌3誌を閲覧することができる(「Cornell Hospitality Quarterly」「Journal of Travel & Tourism Marketing」「Journal of Travel Research」。今後、閲覧できる学術誌を順次増加する予定である)。
(2)商用データベース
一般に商用データベースは高額であるため、各図書館は時間の特徴と扱うテーマに応じてデータベースを選択的に購読している。国内で最も商用データベースが充実している施設のひとつは、国立国会図書館である(http://www.ndl.go.jp/jp/service/tokyo/data_eips/contents.html)。これらのデータベースのほとんどは、館内のみで利用が可能である。
また、観光に関係するデータベースとして、ジェトロ・ビジネスライブラリーでは、EUROMONITOR社による各国の旅行市場動向レポートを無料で閲覧できる(http://www.jetro.go.jp/library/list/database/)。
(3)図書館作成データベース
国立国会図書館をはじめ、専門図書館を中心に、いくつかの図書館では独自に作成したデータベースを公開している。
観光に関係するデータベースとして、広告図書館では、アド・ミュージアム東京が所蔵する広告作品のデジタルアーカイブを館内で無料で閲覧できる(http://www.admt.jp/library/)。
3.図書館を有効に活用した新しい研究のアイデア
上記資料を活用した研究に加えて、図書館を有効に活用した新しい研究(観光分野で未開拓の研究)としては、以下のようなものが考えられる。
○観光に関連する言葉の利用の変遷に関する研究(旅、旅行、レジャー、保養等の言葉がどのように使われてきたのか)
○図書資料の書誌情報を利用した研究(学術誌のキーワードの分析等)
○観光学の研究レビュー(観光分野では未開拓のテーマであり、今後の充実が望まれる)
4.結語
インターネットが登場してから、研究者にとっての図書館の位置づけは大きく変わったと言える。図書館不要論の議論は、主に(1)経費削減の圧力(図書館運営費の削減)、(2)利用者数・資料の利用頻度の減少(資料の電子化・オンライン化が背景)、(3)図書館サービスの陳腐化(蔵書内容、図書館職員の専門性)の3つに集約されるが、個々の研究者が個別に資料を入手するのに要するコスト(時間と金額)よりも図書館を運営する方がはるかに安上がりであるという研究も発表されている(King他)。また、近年では「場としての図書館」をめぐる議論も活発であり、短絡的な図書館不要論に傾くよりも、新しい時代に対応した図書館の充実・発展に力を入れているところも多い。蔵書の充実、情報基盤の拡充、図書館員の専門性強化など、図書館が抱える課題は数多くあるが、より高い研究レベルを目指すのであれば、研究者の研究活動の強化を支援するための図書館のあり方を考えるべきだろう。図書館から新しい研究を開拓することも、そのひとつである。
学術的に優れた情報は図書館の中にある。筆者も、観光に関する知識の蓄積と情報発信を進めながら、学術分野における図書館に対する期待値を上げていくための努力を続けていきたい。
参考文献
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