2012年を振り返って -観光産業のイノベーションの芽を育てよう- [コラムvol.182]

 2012年の旅行・観光動向は訪日旅行を除いては回復の道筋が立ちつつありますが、観光産業が内包する課題として、細分化するマーケットに対応して必要なサービスと不要なサービスを取捨選択して中間価格帯で提供するセレクトサービスの考え方が必要とされています。そのためには市場回復期にある現在においてこそ、大胆なイノベーションと設備投資促進策が望まれます。

◆観光・旅行動向の概観と観光産業の課題

 2012年の観光・旅行動向は国内旅行が比較的堅調な回復過程を示し、また海外旅行も円高が寄与したとは言え好調に推移しました。一方、訪日旅行は震災・原発事故の影響は脱しつつあるものの、中国からの入込減少が全体に大きく響いています。経済の先行き不透明感にもかかわらず、観光・旅行に対する国民の旅行消費マインドは底堅かったと言えます。
 一方、観光産業の動きを見ると、将来の市場動向についての漠然とした不安感が継続し、新たな設備投資や大胆な改革が停滞し、当面の既存客層を都市や観光地、各産業間で奪い合うゼロサムゲームの様相を呈しています。

◆観光産業に見えてきたイノベーションの視点と戦略の在り方

 このような現状を打破するためには大胆な事業改革としてのイノベーションが必要とされます。イノベーションとは、新しい財(製品やサービス)、新しい生産方法、新しい供給源(調達先)、新しい市場、新しい組織、新しい流通と分類できますが、ここでは、2012年に顕著となったイノベーションの視点をもとに、今後の観光産業が取り組むべき課題を考えます。

1.新しい財のイノベーションとしてのセレクトサービスの動き
 新しい財(製品やサービス)のイノベーションとして、2012年はLCC元年と言われるほど、LCCが話題となりました。その影響の評価はさておき、この現象をフルサービス(高額商品)対リミテッドサービス(低価格商品)という構図で理解し、低価格商品から撤退して高額商品に移行しよう(待避しよう)という考え方ではなく、その中間となるボリュームゾーンでのビジネスモデルの在り方を徹底して検証することが必要と考えます。既にホテルの市場では「多機能・フルサービスのシティホテル」対「単機能・リミテッドサービスのビジネスホテル等」という2極構造は崩れ、2012年には外資・内資を問わず、中間価格帯のセレクトサービスホテルというカテゴリーが存在感を強めました。セレクトサービスとは、特定のサービスには高い付加価値をつけるが不要なサービスは思い切って切り捨てる、あるいはアウトソーシングするという発想です。
 そして、このようなカテゴリーの分化・重層化により、今までの総合的な価値基準であったレイティング(格付け)が崩れつつあることも一つの傾向です。
2.エネルギー・食材、サービス調達分野におけるイノベーションの動き
 上記のセレクトサービスホテルの考え方は、マーケティングに基づく商品構成の「選択と集中」戦略による料飲部門の外製化(アウトソーシング)と言いかえることが出来ますが、一方、産業界では新しい供給源(調達)のイノベーションとして内製化(インハウスプロダクション)の動きが現れています。その代表例はエネルギー調達で、電力・燃料の高騰により、工場のみならず集合住宅でも燃料電池や発電機と組み合わせたエネルギー自給体制の構築が進んでいます。今後、運輸業、宿泊業、観光施設業の損益構造に占めるエネルギーコストの比率がますます増大することが予想されるなかで、今までの省エネ投資のみならず、エネルギー自給まで踏み込んだ生産性向上という視点も必要となるでしょう。しかし、このような施策を観光産業の主力をなしている小規模な地場産業が単体で行うことは困難ですから、地域単位での取り組みが不可欠となります。温泉地における地域協働での温泉熱エネルギー活用などがその一例です。また、食材調達についても外食産業による農家からの契約調達のみならず、旅館の自家農場による食材生産や農繁期の農家への人材派遣など、生産分野まで踏み込んだイノベーションにより低コストで高品質、安全な食材を調達する動きが生まれています。
 今まで当然のこととして外部調達していたエネルギーや食材、サービスを地域単位で協働調達する可能性が模索されています。
3.何を外製化し、何を内製化するか。マーケティングに基づく「統合力」の確立を
 2012年のヒットとなったiPhone5を発売したアップルの勝因は、パーツの外製化を進めつつ、そのパーツをマーケティングに基づいて組み合わせて魅力ある商品を構築した「統合力」と言われます。そもそも観光産業は旅行における様々な体験を構成するサービスを、一つのコンセプト、世界観に基づいて統合することで魅力を発揮してきた産業です。生産性向上のための外製化と内製化を組み合わせて魅力ある体験を提供するためには、消費者の感性、価値観を把握するためのマーケティングと外製化により調達するサービスの品質マネジメントが益々重要となっています。

◆観光産業のイノベーション推進のための設備投資促進策を

 最後に設備投資の重要性について触れます。笹子トンネルの事故は高度成長期に建設された交通インフラの老朽化を露呈しましたが、この傾向は観光産業にも当てはまります。宿泊産業を例に取ると、宿泊施設の新築は1970年代~1980年代には毎年3,000~5,000千㎡であったものが、
2000年代には1,000~1500千㎡に減少し、2010年には500千㎡を割り込みました。この結果、大雑把な推定(※)ですが、宿泊施設の総延床面積に占める築10年未満の施設の比率は2000年には26%でしたが、2011年には13%に減少しました。築20年未満まで含めると、2000年には68%でしたが、2011年には46%となっています。この傾向が続くと、10年後の日本の宿泊施設における築20年未満の施設の比率は30%前後に低下することが予想され、設備投資が活発なアジア新興国と比べて我が国の宿泊施設の国際競争力の低下をもたらす恐れがあります。
  (※)この推定は建設統計年報の新築統計をもとに、築30年以上の施設は取り壊された、
    または市場から撤退していると見なした推定ですので、実際は比率はさらに小さい
    可能性があります。

 先に述べたセレクトサービスのための施設リニューアルや調達の内製化などのイノベーションを効果的に推進するためには設備投資が不可欠となります。1997年以降に進められてきた事業再生という財務改革のみでなく、施設の老朽化を食い止め、さらに商品としての魅力を向上させるための設備投資を促進する金融政策や税制の整備が望まれます。