生活と観光、と安易に観光と対置して語られてしまう「生活」に今一度焦点を当てて話をしてみたい。というのは、生活と観光と並べて話すと、「生活」をどのように捉えているのか、どのような「生活」を想い描いているのか、がぼやけてしまうからだ。観光と同程度の深度で「生活」を語ることを余儀なくされ、「生活」に込められた想いが見えづらくなるのを何度か感じたことがある。
さて、今回もこれまで紹介してきた生活観光地「由布院」(コラムvol.358(https://xb069601.xbiz.jp/column-photo/column-machi8-goto/ )を参照)を扱うが、これまでとは違った角度から同地域の「生活」「暮らし」を掘り下げてみたい。
スイスの中を守ったのでは、スイスの中に生きている自分の家族を守れない
平成22年10月15日、四日後に開催される「由布院スピリット研究会」(1)の事前説明のため、亀の井別荘を訪れた。庭に置かれたテーブルで待つ3人に対し、自然に語り始めた中谷健太郎氏。話の出だしは、スイスの映画監督ダニエル・シュミット氏(2)が「なぜ映画を作るのか」であった。
- 「スイスの中に生きている自分の家族を守るためには、スイスの外でスイスを囲んでいるドイツやフランスやイタリアやロシアやいろんな列国に住んでいる人々の希望を育てて、きちっといいものにしない限りはスイスの(中の)希望は守れない」(3)
- 「家族がそこに暮らすスイスの小さな村は、山を越えて軍隊が来たらイチコロになる。どうしたら“家族が平和に生きられるか”を考えたら、軍隊ではかなわないので、自分は全力をあげて映画をつくる。「人間はどのように希望を持って生きれるか」ということをまっすぐに、分かりやすく輸出できるのは映画だ」(4)
永世中立国であるスイスにも軍隊は存在する。バチカンを守っているスイス衛兵を日本人も目にしたことがあるだろう。軍隊を擁するものの、
- 「スイスは小国であり、自国だけで成り立つことは難しい。だから“ソト”の人たちが、スイスへの好意を寄せ、その力によって成立する―そういうルートを作るしかない。そのために、シュミット監督は映画と言う手法で“スイス”を伝えてきた。多くの人にスイスを知ってもらい、スイスに好意を持ってもらうために。母国スイスが一国として成立するために」(5)
- 「外に人的拠点をつくっていく、そうすると初めて中が守れる」(4)
小さな町で地域の中と外との関係を考える
シュミット監督が生まれたのは、スイスの山の中の小さな村だと言う。中谷氏が暮らす由布院も小さな町である。そんな小さな町で、家族が平和に暮らしていくためには、中に住む人々が希望を持って生きるためには、地域の外とどのように付き合っていけば良いだろうか。
シュミット監督の話から考えると、外の人に好意、善意を抱いてもらい中を支えてもらうために、中のことを伝えていくことになるだろう。由布院を応援する人の拠点を外に作り、その人たちの力によって地域を成立させる、地域が守られる、そんなルートを作っていくことになる。そのために、中谷氏は「ここからホスピタリティ―人はこのように生きたいよね、このように一緒に生きる、出会った場所がこのようであるとどんなにかすばらしいよね、というストーリー―を外へ輸出」してきたのであり、「すると外の人たちが、中を支えてくれる、そのことを
生活と観光の共存が求められる今日において、「生活と観光」「住んでよし、訪れてよし」「住民と観光客」のように並べて漠然とその共存を考えるのではなく、また観光の存在ありきで考えるのではなく、由布院・中谷氏のように、普段の暮らしのなかで、自分たちの地域は【地域の中と外との関係】をどのように考え、どのような方法で関係を構築していくのか。まずその輪郭線を描くことが重要と考える。その上で(、あるいはそのなかで)、外からの観光客や観光事業者とどのように向き合っていくのか、観光に関することもいろいろ考えてみてほしい。また、自身が外の観光客の一人として、外の(観光)事業者・企業の一つとして、他の地域にどのように関わっていくのか、そのあたりまで考えられる社会になっていく必要があるだろう。
以上が由布院・中谷健太郎氏を通じて筆者が感じたことであり、世界的に観光旅行市場の拡大が見込まれる今だからこそ、私も含めて一人ひとりが「観光立国に
最後に、小さな町、小さな日本を支えたい・守りたいと思う外(の希望)は、2003年の観光立国宣言以降にどのくらい育っただろうか。着実に育ってきているはずだと信じて、これからも観光の仕事に真摯に向き合っていきたい。小さな地方で生まれ育った一人の人間として。
注
- (1) ダニエル・シュミット監督(Daniel Schmid, 1941年12月26日~2006年8月5日)。
- (2) 2010年度自主研究の一環で実施。ただし、筆者自身は、第1回研究会には参加していない。
- (3) 第169回 参議院 国民生活・経済に関する調査会 平成20年2月27日 第3号より。( )は筆者加筆。当日庭でお聞きした話は正確に記録していないため、その後のスピリット研究会記録をはじめとした文献等の言葉を以降では用いている。同段落のタイトルは、同記録より。
- (4) 第1回由布院スピリット研究会議事録、公益財団法人日本交通公社、平成22年。傍点は筆者加筆。
- (5) 「憧れの温泉地」由布院の“秘密”(後編)地域一体となった取り組みが生んだ継続的な町づくり、日経BP、2007年