7月7日、七夕の日曜日。織姫と彦星が年に一度だけ出会う夜。全国的にあいにくの空模様となったが、水辺は大いに盛り上がっていたらしい。もちろん、ここでいう水辺は天の川のことではない、日本全国の川・海・湖・運河などのリアルな水辺だ(天の川もたぶん盛り上がっていたのだろうが、そっとしておこう)。
水辺で乾杯2019
水辺が盛り上がっていた正体、それは「ミズベリング・プロジェクト(※1)」の呼びかけによる全国同時多発イベント「水辺で乾杯」。その内容は、毎年7月7日、川の日(そう、七夕は川の日でもある)の7時7分に全国の水辺で一斉に乾杯しようよ、というものだ。参加のルールはシンプル。各地で自由に水辺に集まって乾杯するだけ。「水辺で乾杯」のウェブサイトで、「ここで乾杯します!」という事前の「乾杯宣言」と、当日実際に乾杯した後の「実施写真」を投稿することができる。2015年から始まり今年で5年目、徐々に規模を拡大し、2019年の今年は全国242箇所、1万人以上が参加する一大イベントとなっている。
しかしこのイベント、水辺でただ乾杯をすることにどういった意味があるのだろうか。ミズベリング・プロジェクトの事務局を務める山名プロデューサーは、水辺を親しむ機会をたくさんの人たちで作るという気楽さを前面に、その気楽さの結果、官民の垣根を越える機会になるのではないか、と語る(※2)。
「水辺で乾杯」から生まれるものとは果たして何なのか、私も考えてみた(乾杯しながら)。
※1 ミズベリング・プロジェクト:かつて行政に任せっきりだった河川敷などの水辺空間のありかたを自分事にする人々を応援するソーシャルデザインプロジェクト。ウェブでの情報発信、全国の水辺活用先進事例の紹介、ご当地会議の推奨、全国大会イベント等をおこなう。2018年度グッドデザイン賞受賞。公式サイト(https://mizbering.jp/)。
※2 ミズベリング・プロジェクト公式サイトより引用。
あたらしい風景をみせる
官民が垣根を越えること。まずそれは、水辺といった公共空間において「つくる人」と「使うひと」が領域を超えて連携することに繋がるであろう。行政だけで水辺といった公共空間を整備しようとすると、どうしても水辺を使う「ユーザーの視点」が薄くなりがちである。誰も親しまない親水公園を作ってしまう前に、官民が連携することで「使うひと」たちがデザイン段階から参画し、作り上げた空間をそのまま使い倒していくこと。それは公共空間の整備において有効な手法ではないか。
また、「水辺で乾杯」が机上の取組ではなく、全国津々浦々200箇所以上の現場において、乾杯の「風景」を実際に作り出している点にも注目したい。これまで水辺空間は、水害や事故の防止の観点から、行政が厳重に管理する時代が長く続いてきた。それ自体は否定されるものではないが、行政が管理することが当たり前となってしまい、市民にとって水辺が「使い方がわからない」あるいは「使おうとすら思わない」場所になってしまったきらいがある。そこに「水辺で乾杯」は、乾杯の風景を見せることで市民の意識を変革しようとしているのではないか。と、そこまで大上段に構えて言うようなことでもないのかもしれないが、「水辺で乾杯」の今年のキャッチコピーは、確かに「空をみろ。風をよめ。風景をつくれ。」だ。
未来志向によるバックキャスティング
ミズベリング・プロジェクトの取組は「水辺で乾杯」以外も、「まずやってみよう」というものが多い。例えば、2018年3月におこなわれた都心の河川空間を表現空間として活用した「Tokyo Wonder Under」。この社会実験は、プロジェクターを搭載した船「ミズベリングシップ」が首都高速道路の高架下やビルの壁面などをアート空間として演出、普段は誰も目を向けることのなかった暗渠を光と音楽によってその夜だけはディスコのような空間に生まれ変わらせている。
まず自分たちがやってみることで、未来の可能性を「形」にして見せること。その繰り返しがムーブメントに繋がり、今とは違う水辺の未来に対する社会的な合意が得られていくのであろう。これからの1年、東京オリンピック・パラリンピックの前後にどんな仕掛けをしていくのか。今後もミズベリング・プロジェクトの動向を注視していきたい。
後記
このコラムを書き始めた際は、ミズベリングの話を導入とし、水辺を超えたより広範な東京の街全体の未来図を描く「東京G-LINE構想(※3)」を紹介するつもりであった。が、文字数制限が来てしまったため、同構想の話はまたの機会にまわすことにしたい。ちなみに東京G-LINEは、廃線になった貨物線高架橋を緑道公園に作り変えたニューヨークのハイラインを、東京の首都高速道路で実現させようというものだ。
未来は面白い方がいい。
※3 東京G-LINE構想:https://inspiring-dots.hatenablog.com/entry/2018/07/31/144212