観光振興の手段として「まち歩き」に取り組む自治体が増えています。マップ作成、ガイド養成、コースづくり、ホームページでの募集――事業内容は皆よく似ていて、それらを紹介する新聞記事の結びも決まって「土地の人との会話と人情が魅力」。
しかし「カタチを真似してもまち歩きは成功しない!」と警鐘を鳴らす茶谷幸治さんに出会い、紋切り型の解釈に安心して思考停止してはいけないと気がつきました。茶谷さんは、「長崎さるく博」を成功させ、その後「大阪あそ歩」を仕掛けて発展させている、革新的なまち歩きプロデューサーです。
実際に全国各地の人気「まち歩き」ガイドツアー10コースに参加し※1、なぜ今「まち歩き」が流行るのかを考えながら、茶谷さんが仕掛けた革新性を探ってみました。ここでは「長崎さるく」を例にあげ、カタチではなく本質に迫ります。
■まちの暮らしや生き方に共感、尊敬
7ヶ月の会期中に延べ723万人が「まち歩き」に参加し、観光客数全体を押し上げて注目を集めた「長崎さるく博’06」。しかし、長崎さるくの本当の凄さは博覧会から6年を経て今、参加者が当時を上回り、400人以上のさるくガイドが生き生きとまちを案内しているところにあります。
そこで、まず人気コースの「眼鏡橋から中通りへ~長崎レトロのふれあい歩き」に参加しました。このコースのメインは、これまで観光客が歩くことなどなかった市内で最も古い中通り商店街で、この近くに観光スポットの眼鏡橋があります。
案内してくれるのはベテランガイドの主婦、宮原さん。昔の写真を用いて、眼鏡橋が架けられたいきさつや他にもたくさんある橋の特徴、また中島川の度重なる水害の様子を教えてくれます。右岸と左岸を行き来しながら印象深かったのは「造りは立派でも傾斜が急なので、近所の人は文句を言いながら渡ります」と笑いながら渡った橋。まちには暮らしがあり、今は過去の積み重ね。いつの間にかまちの暮らしの中へ引き込まれるようでした。
宮原さんと岩永梅寿軒で
カステラの話に感動
ツアーは川を離れてまちなかへ。宮原さんは趣のある和菓子屋に入っていきます。船の底板を用いたという看板には金文字で岩永梅寿軒。創業天保元年の老舗です。
「変えてはいけないものを守りながら、常に進化したいので研究しています」とは、奥から現れた店主の岩永さんの静かな言葉。まさか和菓子屋で「進化」が語られるとは、と驚いて聞いていると、それは手作りのため少量しか生産できない大人気の長崎カステラのこと。今、求められる「しっとり」「もちもち」食感のため、材料を加えるタイミングによる違いまでも日々研究しているそうです。
さらに「最近では、最初から切ってある個包装のカステラもありますけど、、」と岩永さん。「カステラってのは、それをいただく時の、たとえばご家庭の人数にあわせて切り分けられるのが良さだと思うんです。切らずにがぶりとやったっていいんですよ。贅沢にね。」
こんな岩永さんの姿勢や“カステラ観”に感動し、この気持ちや感謝を表現したくて思わずカステラを買いました。まわりを見回せば、他の参加者も次々と買っています。
しばらく歩くと今度は老舗の昆布専門店へ。年季の入った商品ケースには小袋の佃煮昆布が豊富に並び、聞けば高級品から日常使いの佃煮や御菓子まで、工夫を凝らした商品数は100種類以上にのぼるとか。
昆布だけでここまでやるかと感心していると、女将さんが出てきて「嫁いで来た時に姑から、『うちは昆布屋。他のものに手を広げるんじゃないよ』と言われてね」と昆布一筋の理由を教えてくれました。昆布キャンディ、寒天黒糖昆布、昆布飴。わさび昆布、しめじ昆布。やはり買わずにはいられません。お姑さんとの日々を想像しながら店を後にしました。
よく考えれば、いずれも宮原さんと一緒でなければ会うこともなかった、まちの暮らしと生き方に心動かされる経験ばかり。日常を楽しく豊かに生きる大切さを実感し、幸せな気持ちになりました。
■まちの魅力は編集できる
さらにガイドの役割を探りたくて、翌日も再び同じコースに参加しました。この日のガイドは、市内で事業を営む男性、田中さん。概ね前日と同じ道を歩き、同じお店に立ち寄ったのですが、驚くことに全く別の楽しさがありました。
まち中にはハートがたくさん隠れていた
たとえば、まちに隠れたハート探し。まずは、中島川護岸の石組みの壁面からハート型の石を探します。誰の仕業かわからないのですが、クチコミで若者に大人気の縁結びのパワースポットになっているそうです。さらに歩くと、商店街の入り口の敷石になぜか一つだけ掘られているハートや、路地裏の側溝を渡る煉瓦の小橋にもハート模様が見つかりました。遊びゴコロあふれる自由なまちの空気に気持ちが弾みます。
通り過ぎた道を「はい、振り返ってみて」と言われて発見したのは、かつてのメガネ屋さんの店頭オブジェ、通称「裏眼鏡橋」。昨日もここは通ったけど、「これには気づかなかった!」。
もちろん岩永梅寿軒にも立ち寄ります。試食のカステラに今日も手を伸ばすと「食べる前に耳で聞いて!」と田中さん。カステラを耳元でつまんで押すとジュワ~、しっとり感が“聞こえ”ます。これも田中さんが感動したから生まれたユニークな味わい方でした。
路地に面したお気に入りの小さなオープンカフェでは、近所から犬の散歩中の婦人も一緒にコーヒーブレイク。
このように、ガイドさん自身のモノの見方や感じ方、考え方が“編集力”となり、同じコースでもガイドによって異なる個性的な魅力が発揮されていたのです。「長崎さるく」には驚くほどリピーターが多いのですが、その理由はここにもありそうです。
■私的な関係に、私的にお邪魔する「まち歩き」
こうして気がついたのは、今、人々が求め、楽しんでいる「まち歩き」では、“個人性”が魅力の源になっているということです。
後で聞いたのですが、田中さんは、訪れたお店の御菓子などを私的な贈答品として日常的にも購入しているそうで、私たちは、田中さんが育てた田中さん自身の人間関係の中にお邪魔していたのだとわかりました。
路地に張り出した小さなカフェでひと休み
これからの「まち歩き」ガイドには、コネクター=つなげる人としての役割が強く求められるようになってきます。単なる道案内や人や店紹介ではなく、モノの見方、感じ方が伝わるようにつなげること。そのためには、知識や情報量より個人の感性発揮が重要です。茶谷さんはガイド養成講座で、個人の体験を語るよう導いてきました。革新性はここにあったのです。
主体は地域(まち)の側にあるのです。お客に合わせていくのではなく「ここをこう見てほしい!」「いいでしょう!」という個人的で強い想いの発信が、これからの観光を面白くするのではないでしょうか。
【追記】
本年度の当財団主催観光実践講座(2012年11月8日~9日開催)では、茶谷幸治さんをメイン講師に招いて革新的な「まち歩き」の思想と手法を学びました。重要キーワード「市民主体」についても、その仕掛け方を教えてもらいました。現在制作中の講座講義録をお楽しみに。
※1 「長崎さるく」、「大阪あそ歩」、「米米惣門ツアー」(山鹿市)、「小路めぐり」(新潟市)、「路地裏探偵団」(弘前市)、「横浜シティガイド」など全部で10コースに参加。2012年8月~11月。