地域への共感を生む、みなかみの新たな方向性 [コラムvol.154]

 祖父の代から写真館を経営していた群馬県みなかみには、幼少から年2回は訪れ、温泉に川遊び、スキーにと過ごしていました。当時は夜通し下駄の音が響き、その音だけでもワクワクして寝つけませんでしたが、いつからか大型バスで訪れる団体客も減り、街はシャッター通りに。しかし最近は「アウトドアのメッカ」として脚光を浴びているとのこと、私も家族と一緒にラフティングに参加してみました。この体験は、単なるアドベンチャー的体験にとどまらず、今まで思いもよらなかったみなかみの新しい方向性に気づく機会となりました。

■感情が大きく動かされる数時間 ~みんなが創った「感動の場」


諏訪峡の景色
諏訪峡の景色
ラフティング中、次々に移り変わる
諏訪峡の景色

 人は、心の底から感動すると言葉が少なくなるのでしょうか。ラフティング後の家族の第一声は“全部初めて!”“楽しかった!”。スポーツをした感動?家族一緒の体験だから楽しいの?次々と疑問がわきます。ラフティングは親も未体験だから本気勝負の上、予期せぬ試練の数々も拍車をかけました。「所々流れの速い利根川をボートでスリリングに下る正味30分程度の遊び」のはずが、同乗したネパール人ガイドが度々“勇気試し”のミッションを出すのです(まさにAKB48の『River』を体現するイメージ)。川べりの高い岩から飛び込む、重いボートを裏返し急勾配の滑り台に変身させ勢いをつけて川へと滑るなど。安全が確保されていると知りながらも、緊張と恐怖と迷いの中、「1,2,3,ジャンプ!」の掛け声と共に飛び込んだ瞬間「やった~」と喜びに。大きく感情が動かされる瞬間が続きます。あんなに頭まですっぽり川に沈め、体の芯まで水の冷たさを感じるほど利根川を堪能したことがあったでしょうか。川を下りつつ移り変わる諏訪峡の景色、様々な角度から見る谷川渓谷、水上と関わって40数年、こんなに知らない“みなかみ”があったのです。

勇気試しスポット
勇気試しスポット:ボートが滑り台に
変身、かなりの急勾配

 ツアー後も、写真や動画をみながら参加者全員で大盛り上がり。そして、私達は利根川沿いのキャンプサイトでBBQ。みんな満足した表情で、道の駅「みなかみ水紀行館」で買った新鮮野菜を切り、肉を焼き、皿洗いまで、その光景にも驚きです。緊張の連続の上、体力も消耗したはずなのに、一大事を乗り超えた達成感と充実感、連帯感がそうさせるのか。1週間ほど、家族でこの話題と高揚は続きました。このほんの数時間の体験からたどりついた意味は、自分ひとりでは知り得なかったみなかみの自然、それを愛し、守り、伝えようとするアウトドア関係者の「想い」、まさに、みんなで創った「感動の場」だったということです。

■体験だけじゃない、アウトドアに込められた地域の想い

 この付加価値の高い体験はどこからくるのでしょうか。
 地域の自然をベースにしたラフティング。必要なものはライフベスト、ウエットスーツ、滑りにくいシューズ、ボートと命綱のパドル程度、参加人数もきちんと管理しているので、みなかみの自然に大きな負荷はかからず、「自然の持続可能な活用」に配慮がなされています。
 「地元・地域への貢献」も大きいでしょう。最初は外国人から話題となった利根川でのアクティビティですが、日本人の若者、ファミリー、好奇心旺盛な年配のグループ等、じわじわとその裾野は広がり、みなかみへの注目度は上昇中です。同町の統計資料をみても、90年代後半から宿泊者中心に観光客数は減少、05年の3町合併後は日帰り客数も減る一方でしたが、07年に「ラフティング世界選手権」候補地(最終的には韓国)として同町が国内外に注目され、08年以降は日帰り客が増加、観光客総数も40万人超にまで回復。震災の影響はありましたが、11年6月には観光客数は昨年以上に持ち直し、7 ~9月は群馬DCキャンペーンの効果も相俟って、水上温泉の宿泊者数は前年を上回っています(図-Ⅰ参照)。
 「利益の創出」も忘れません。ラフティング参加費は安くありません。複数社比較しましたが殆ど価格は同じ、代理店等を通じた大幅値引き等もありません。値引きより内容を付加してもっと楽しませる提案、例えば、半日のラフティングとマウンテンバイクを組合せ、1日みなかみで満喫するプランの提供や温泉旅館とパックにして宿泊を促す等、プラスの発想で誘導します。そして、アクティビティ中の写真や動画を収めたCD販売。価格は一人\1,000×予約人数が相場、家族4人で参加なら@1000×4名(子供半額)です。ラフティング中は自分で撮影できませんし、劇的瞬間を知るガイドのショットは「買わなきゃ、買って良かった」と思え、後日みてはまた行きたいと心がそそられます。
 特記すべきは、90年代後半、同町に2社しかなかったアウトドア会社が、2000年頃から増え始め、現在30社近くもあるそうです。しかも、仲間意識が強く、ラフティング中「○○の作ったカレーが食べたい!」「今忙しいから、夏休みが終わってからね」と気軽に話す競合他社のガイドたち。その和気藹々とした雰囲気に驚くと同時に、どこを選んでも期待外れはないとも感じました。また、こうしたスポーツでは細心の安全管理が不可欠ですが、事前の安全説明やラフティング中のガイドの行動、言葉づかい、鋭い視線などからその質の高さがわかり信頼感を持てました。天候や川の水量、流れの速さなど的確に見極め、参加者の年齢やグループの傾向を瞬時に察知し、どの程度、参加者に主導権を握らせるかの判断力も求められます。とはいえアドベンチャー的な体験ですから安全の枠の中で最高のスリルと感動、喜びへと参加者を導くのがガイドの役目。みなかみを愛し、地域を熟知し、参加者を理解するレベルの高いガイドやスタッフの努力が各社のツアー・コンテンツを差別化し、質の維持・向上につながっているのです。体験を通して、こうした地域との関係性や人々の想いに共感が生まれ、参加者の心に響くのでしょう。

■伝統を継承し、新しい文化を創造しながら高める地域の魅力

 みなかみの観光関係者には、その自然を心から愛し、「地域のためになりたい」という高い志が共通しています。以前お話をお聞きした、同地にいち早くアウトドア会社「カッパクラブ」を起業した社長もその一人。学生時代から利根川でラフティングをしていた元・超多忙な証券マンで、この地のために何かしたいと96年に移住、「町全体がアウトドア体験できるところにしたい」と地域活性化も目指しています。同町で03年から始まったアウトドア・イベント「アドベンチャー・フェスティバル」の仕掛け人でもあります。当初は、地域の反対から苦労の連続でしたが、徐々にアウトドア関係者や若い町民たちのやる気が伝わり、今では町を上げてのイベントです。

ラ・ビエール
ラ・ビエール:専用の窯で焼く「フレッシュ
トマトのピザ」

 また、地元野菜を贅沢に使った窯焼きピザの店「ラ・ビエール」のご主人は、東京でホテル経営などを学び、職務経験も積んだ後にUターン。「地域のおいしいものを発信し、多くの人に足を運んでもらいたい」と情熱的です。国道沿いにあった店を06年に温泉街に移転、住民や観光客に親しまれ、この7月には同店で人気の「みなかみプリン」など販売するスイーツ工房「アーモンドプードル」を隣地(元は写真館)にオープン。同地で和食レストランを経営する親とは異なる形で地域に貢献しています。

 観光客数が回復し始めた08年前後は、こうした地域の若い人たちが結束し、みなかみに賑わいを取り戻そうと取組はじめた時期。水上名物「おいで祭り」は、町の合併と共に中止されましたが、彼らが中心となり、よりパワーアップして07年に復活しています。
 老舗の方々も負けていません。50年以上続くホテル聚楽内のベーカリーは「パンの命は使用する水にあります」と断言。利根川の水を使ったパンは住民や観光客にも親しまれ続け、伝統の食パンは予約なしには買えないほどになりました。温泉街に謙虚に佇む伝統の「湯の花まんじゅう」が好評の小荒井製菓さんは、オリジナルで開発した「生どら」が人気となり、製造過程が見学できる立派な建物となって道の駅横に移転、今では観光バスも留まるスポットです。みなかみは、高い志を持つ地域の人々によって伝統が継承され、新しい文化が創造され、持続的に発展しているのです。

幻パン
ホテル聚楽内のベーカリー「エコー」:即完売の幻パンと伝統の角型食パン
「生どら」
小荒井製菓の「生どら」:定番の小倉クリームのほか、ブルーベリーやあんず、抹茶も絶妙!

■高い付加価値で地域の想いに共感を生む ~みなかみの底力

 みなかみの自然環境は昔から大きく変わっていません。時代の変化に伴い、みなかみでの過ごし方が多様化し、地域に関わる人、訪れる人の目が増え、地域の新たな魅力が積み上げられています。活気がなくなった温泉と思い続けていた私は、ラフティングに参加したことで、みなかみに新しい活力が生まれつつあることに気づきました。伝統と新しい文化を通じて、新たなファンやリピーターを育てているのです。最近では、気軽にBBQやカヌーなど楽しめるとアウトドアに関心のなかった女子達の「女子会」スポットとしても注目。共感を育みながら地域の想いを伝える、みなかみには人を動かす「底力」があります。

図-Ⅰ 旧水上町の観光客数の推移 1997年~2010年  ※クリックすると拡大図を表示します

伊勢神宮参拝客の推移
*参照文献