先日、東京2020オリンピック競技大会(以下、「東京2020大会」)が閉幕しました。新型コロナ感染対策の一環としてバブル方式が取り入れられたことにより、当財団オフィス(南青山)からわずか1.5km先で競技が行われていても、駅や通りが装飾されていても(写真1)、私が目にする風景はいつも通りで、別世界の出来事のように感じました。何事も「たら」、「れば」はないと理解しながらも、「もし、新型コロナの影響なく大会が開催されていたら、東京はどのような状態だったのか―」と考えてしまう日々でもありました。
私がこのように考えてしまうのは、2012年の開催地・ロンドンへ出張した際、大会期間中の市内の様子を聞いたことや、2019年に日本で開催されたラグビーワールドカップ(以下「RWC」)時の記憶が鮮明であるためです(写真2)。残念ながら、東京2020大会では、海外からの一般観客の受入を見送りましたが、これが決定されるまでは、海外の公式チケット販売事業者を通じて、観戦チケットや観戦チケットを含むパッケージが販売されていました。
今回は、幻となったこれらの商品に焦点を当て、今後のメガスポーツイベントを契機としたインバウンド誘客について考えてみたいと思います。
観戦チケット付きパッケージから見える各国・地域のニーズ
海外から一般客が東京2020大会の観戦を希望する場合は、各国・地域の公式チケット販売事業者を通じて①観戦チケットのみを購入する、②観戦チケットを含むパッケージを購入する、のいずれかによって購入できます。
②のパッケージの場合、観戦チケットだけでなく、さまざまなサービスが付いているのが特徴的です。そこで、当財団では、各国・地域(台湾、香港、タイ、英国、スペイン、米国・オーストラリア(※1)、カナダ、東南アジア・インド(※2))で販売されているこれらの商品を収集、整理し、分析を行いました。その結果、観戦チケットを含むパッケージには各国・地域ごとに特徴があることが明らかになりました。
例えば、台湾では、観戦チケット、宿泊施設をセットにした、4日間(平均日数)で2セッション(平均観戦数)(※3)を観戦するコンパクトな商品が多いのが特徴です。価格は17.5万円(平均日数)と、他の国・地域よりも割安ですが、トップカテゴリ(上位席種)での観戦は多くありません。背景には、台湾の観光・レジャー目的の訪日リピーター(2019年)は85.6%、訪日回数10回以上のリピーターは19.4%と訪日リピーターがとても多い市場であることから、手軽に観戦を楽しみ、それ以外の時間は自由に日本滞在を楽しむといった自由度の高さが求められているのかもしれません。
多くの国・地域では、予め種目、セッション、席種が決められた状態でパッケージが販売される中、米国・オーストラリアでは、開会式と閉会式を除き、消費者が観戦を希望する種目やセッションを選択できる商品がほとんどを占めています。また、英国では商品バリエーションの豊富さが特徴的です。大会期間中は17日間、毎日試合を観戦し、合計24セッションを観戦できる航空券付高額商品(日本円で322万円相当)が販売される一方、英国出発から帰国までの3泊5日で2セッションを観戦するいわば「弾丸ツアー」のような商品も販売されています。こうした商品ラインナップの背景には、サービスを受ける際に自分に合ったものを選択できる文化が浸透していることが関係していそうです。以前に欧州を旅行した際、カジュアルなレストランであっても、顧客がメインディッシュの付け合わせの変更をリクエストし、お店側がスムーズに対応していたことや、欧米豪では、オーダーメイドツアーが好まれること等から、「自分好みにアレンジできること」や、「自分で選択できること」が重視され、こうした価値観が商品にも反映されているものと思われます。
スペインのパッケージは、トップカテゴリの観戦チケット、会場内のラウンジでの食事が付いた高付加価値型商品「ホスピタリティパッケージ」が多いのが特徴です。こうした商品は欧米を中心に利用されており、日本で開催された2019年のRWCでも販売されました。その他、ホスピタリティパッケージではありませんが、カナダのパッケージでほとんどの商品に選手との交流会がセットされています。スペイン、カナダともに、パッケージならではの付加価値とも言えるでしょう。
※1:米国とオーストラリアを対象に同一の公式チケット販売事業者が同一の商品の販売している。
※2:シンガポール、マレーシア、インドネシア、フィリピン、ベトナム、インドを対象に同一の公式チケット販売事業者が同一の商品を販売している。
※3:観戦チケットは各競技の開催日・時間帯ごとに区切られた「セッション」ごとに販売された。
観戦チケット付きパッケージのタイプによって異なる観光への誘導
前章で記した通り、ひとえに「競技観戦」と言っても各国・地域ごとにそのニーズは異なります。
パッケージは主に、航空チケット、宿泊施設、観戦チケット、観光(ツアー)で構成されますが、台湾、タイ、米国、オーストラリア、カナダ等、多くの国・地域では、宿泊施設と観戦チケットの組み合わせで比較的コンパクトに構成されています。こうした国・地域に対しては、例えば、自治体が、現地の事業者と連携し、大会前後にスムーズに観光に流れる商品を造成したり、FITを対象とした観光情報をチケット購入者に定期的に提供すること等が考えられます。実際に、2020年3月に東京2020大会の延期が決定されるまでは、公式チケット販売事業者以外の事業者が、大会前後の日程で日本滞在パッケージツアーを多数販売していました。街中の混雑への懸念や宿泊施設の確保の難しさからか、クルーズ商品も目立ちました。また、地方訪問という観点からは、大会前~中~大会後の期間限定のキャンペーンやイベント開催も効果的かもしれません。
一方、香港や英国等、現地から日本までの航空券を含み、行程がしっかりと決められている国・地域では、観戦パッケージの中に観光を入れ込む必要があります。今回の調査対象の商品において観光が含まれるケースはごく稀でしたが、試合と試合の間に効率的に楽しめるという観点で素材を探し、事業者にアプローチすることも重要です。
また、ホスピタリティパッケージを好む欧米豪市場では、試合観戦中に上質な体験を提供するだけでなく、おもてなしの一つとして上質な観光体験を追加することにより、消費単価向上、新規市場や富裕層の獲得といった効果も期待できるのではないでしょうか。
メガスポーツイベントはインバウンド誘客にとっても大きなチャンス
オリンピック・パラリンピックや世界大会等のメガスポーツイベントを開催することは、観戦を理由に来日した層にその国・都市の魅力を知ってもらうきっかけになるため、インバウンド誘客にとっても大きなチャンスと言えます。こうしたチャンスを活かすには、各国・地域ごとのニーズを考慮した旅行商品、販売手法が必要です。また、同じメガスポーツイベントでも、試合と試合の間が1週間空き、日本各地で試合が行われたRWCと、短期間で比較的狭いエリアで試合が行われるオリンピック・パラリンピックでは、観光への誘導の仕方が異なり、後者の難易度が高いでしょう。
各国・地域のニーズと競技スケジュールに合わせた観光への誘導を検討することが重要ではないでしょうか。
今回ご紹介した東京2020大会の開催に際して販売されたパッケージの分析結果の詳細は、10月末発行予定の「旅行年報2021」に掲載予定です。