■今年、イタリアでは小さな村が持つスモールアートに注目
イタリア観光局は今年の日本人観光客に対する総合プロモーション戦略の一つとしてイタリアの「スモールアート」を取り上げています。「スモールアート」とは地方の小さな村が持つ歴史、文化、芸術、工芸などを意味し、イタリアではに日本人観光客を軸にするグローバルマーケットに向けて地方の小さな村が持つ魅力が競争力があると判断していることでしょう。その詳細には「イタリアの最も美しい村」(I Borghi piu Belli d’Italia)を素材にした新しい観光プログラム計画が含まれています。
以前、私は「イタリアの最も美しい村」の協会にヒアリングする機会があり、いくつかの村を実際に訪れました。その事例を取上げ、グローバルマーケットに対する地方の小さな村が持つ魅力についての私の考えをお話します。
■カスティリオーネ・デル・ラーゴの魅力
ここで紹介したい一つの村はイタリアのウンブリア州ペルージャ県に所在する小さな村である「カスティリオーネ・デル・ラーゴ」(Castiglione del Lago)です。この村は、2000年までに過疎化の危機にさらされており、2001年3月に同じ問題を抱えている35の村とともに「イタリアの最も美しい村」協会を立ち上げ、村の再生のための活動を行っています。目標は村を離れた住民を村へ取り戻すことで、そのために歴史、文化、芸術、ライフスタイルなどの村の魅力を住民や訪問者に伝える活動を行っています。
写真1 お城からみるカスティリオーネ・デル・ラーゴの全景と村が面しているトラジメーノ湖 |
実際にこの村を訪れた感想は、小さな村なので一見地味な面もあるが、じっくりみれば見るほど、他のどころでは感じることができないそこだけの魅力が沢山あることでした。その例を少し紹介しましょう。村に入って始めて訪れた場所は地域の住民の力で修復した教会堂でした。教会堂の中に展示されたものは一見みるとそれほど印象に残るようなものはないものの、展示品は村の住民が自ら長年をかけて集めた村の歴史を語る資料で、地元ガイドの案内では村への誇りが強く感じられました。村の精神的な中心なる場所で、現在も使っています。その中に展示されている何百年も前の衣服や絵画などは手で触ることもできます。一般的な博物館や美術館に比べればそのリアリティが全然違います。
写真2 教会堂の中の展示物 |
次に訪れた場所は、近年復元事業が終わった村の中のランドマーク「獅子の城」(Castellone)です。歴史的な雰囲気が良く感じられるこのお城は、村を代表する文化遺産です。訪れた際には、たまたま多くの住民が集まって結婚式を挙げており、その様子をみることができました。お城での結婚式は村の住民だけに許可されていることだそうです。
先の教会堂と同様に村を舞台にそのコミュニティの日常をみることは歴史的町並みの外観だけをみることよりはるかにリアリティがあるものです。そのような村の行事は年間にとってどのぐらいみられるかはわからないけどやっぱりラッキーという気持ちでカメラを向けました。
写真3 お城前での結婚式の風景 |
その後、村保存会のフィオレルロ・プリミ(Fiorello Primi)会長が推薦したレストランでランチーをしましたが、そこも素晴らしくスローフードとして有名なイタリアの食文化を体験することができました。提供された料理は村が面しているトラジメーノ湖で取れた鯉を主素材にしたもの。前菜からメイン料理までにほぼ3時間近くかかるランチータイムはなかなか経験することのできないことでした。3時間じっくり街中のテラスに座っていると村の雰囲気も少しずつなじまれ、村の日常的生活がこのようなものかなと勝手な想像をしました。
写真4 前菜からメインまで、鯉を主素材にした料理 |
以上、私の経験や感想を簡単に話しましたが、これは訪れる人がゆっくりした気持ちにならないとなかなか感じることができないものかも知りません。たとえば、1時間で村を一回り歩いて帰る団体観光客には、このような気持ちは分からないものでしょう。現在「カスティリオーネ・デル・ラーゴ」では「獅子の城」をみるために訪れる団体観光客も少なくないが、村保存会のフィオレルロ・プリミ(Fiorello Primi)会長は団体客や立ち寄り客などを増やすための活動は殆どしておりません。興味がある対象は村の歴史、文化、ライフスタイルに関心を持って時間と費用をかけて楽しむ意思がある来訪者です。
カスティリオーネ・デル・ラーゴのような小さな村が持つ魅力とはディズニーランドのようにだれにでも伝わる魅力ではありません。
村の魅力はそこに興味を持っている人とのネットワークの中にだけに形成されるものであり、私はそのネットワークを「村の世界観が通用する輪」と考えています。
■世界観が通じる輪を広げる
「カスティリオーネ・デル・ラーゴ」の世界観が通じる一番小さな輪は村の住民同士で、それより大きな輪は同じ考えを持っている「イタリアの最も美しい村」協会の集まりだと考えられます。
協会への加盟を希望する村はクオリティー基準書(CARTA DI QUALITA)に基いた審査により仲間に加われます。その基準には、村の歴史的建築物と周辺環境との調和した景観保全活動を行っているかに加え、村住民のライフスタイルのクオリティーが保全されているかも評価しています。ライフスタイルのクオリティーとは地域の工芸、芸術、コミュニティなど村社会に継承された大事な文化を意味します。現在、200の村が協会の仲間に加わっています。
図 世界観が通用する輪の概念図 |
今後、協会は、その輪を村外の組織や来訪者までに大きく広げようといしています。そのため、村の文化やライフスタイルに興味を持っている訪問者を彼らの仲間入りにする計画を立てています。その一つの試みとして、「イタリアンラグジュアリースタイル」社と共同に輪づくりに共感する仲間を呼ぶための特別な旅行プログラムを考えています。最近日本でも注目されている「エコーラグジュアリー」に近いものですが、「他のものより美しい」、「他のものより貴重な」をキーワードで、小さな村でのラグジュアリーツアーです。「村」と「ラグジュアリー」とは相反する話のように感じる方も多いと思います。しかし、村の価値を理解している人にとっては、「他のものより美しい」、「他のものより貴重な」な旅行をする舞台として美しい村は無限な可能性があると考えられます。
■観光の役割とは村の世界観が通用する輪づくりにある
日本でも伝統的建造物保存地区(文化庁)や美しい村づくりコンテスト(農林水産省)に選定された集落を含め、多くの集落が観光を通じて地域活性化を図っています。ただ、観光を通して手に入れたいことは地域の経済的な振興がメインなる目標になっているのではないでしょうか。私がカスティリオーネ・デル・ラーゴで感じた最も大事なことは観光を通してお金ではなく、村の世界観が通じる人の輪を広げようとすることです。その輪が出来れば彼らの大事な村は持続的に守れるとそのような考えです。
地域の持続的な発展に観光は役に立つことは、確かなことだと考えていますが、それは、お金が地域に入ることによるものではなく、村の発展のために協力してくれる大事なパートナーが増える道であるためではないでしょうか。