要旨
昨年、本を出版し、その後の書店めぐりやいただいた読後感想などから温泉地再生について考えました。温泉地は、観光事業の側面からだけでなく”楽しい時間をすごしたい場所”ととらえるべき。訪れた人を幸福な気分にするのが創造的な温泉地づくりです。
『温泉地再生』は書店のどこに分類されていたか?
昨年、『温泉地再生-地域の知恵が魅力を紡ぐ』を出版しました。本書が書店のどこに並んでいるのか気になって都内をあちこちめぐってみました。
どこの書店でも温泉に関する旅行雑誌やガイドブックは目立つ場所にありますが、専門的に観光を扱った本は書店によって様々です。
東京の八重洲ブックセンターなど大型の書店には、専門書フロアに「観光」コーナーがありますが、多くの書店では、本書は土木分野の「建築・まちづくり」コーナーに置かれていました。ある有名な書店では、政治家の政策本と『ポケット六法』に挟まれて並んだ『温泉地再生』を発見し驚かされました。
またある書店では温泉科学系の書籍とともに、河川やダム、下水道や地下水関連のコーナーに並んでいました。共通点が”地下水脈つながり”とは…。
考えてみれば、温泉地には多彩な顔があります。宗教的な逸話、動物の癒し伝説、また滞在して小説を書いた文豪のエピソードなど、温泉地は人々の心にかかわる特別な力をもつ場所でした。
観光情報や科学的な切り口はもちろん、文学や哲学、心理学などとも融合して存在する要素をたくさん持っているのです。
再生がラーメン道と通じる!?
本書に寄せられた感想の中で、予想外で面白いものは観光業界以外の人からのものでした。多かったのは「まるでプロジェクトXのようで、温泉地の見方が変わった」「日本の温泉地は世界に誇れる。退職したら自分が役に立てることはないか」など温泉地への共感、応援メッセージです。さらに「自分の生き方や仕事へのヒントがあった。温泉地のことなのにどこかで通じる印象を受けた」など、温泉どころか観光分野にもとどまらない感想もありました。
最も驚かされたのは、「新しい価値を創り出すための心構えが”ラーメン道”に似ている」というものです。
教えてくれたのは、”孤高のラーメニスト”こと一柳雅彦さんで、ラーメン食べ歩き歴32年8400杯以上、テレビや雑誌の審査員や執筆活動多数というラーメン研究家です。
一柳さんによれば、道を究めた繁盛店のラーメン職人は、本書で紹介した「天空の森」主人の田島健夫さんと同じように「永遠に完成させない、壊すつもりでラーメンをつくり続けている」そうです。
そしてラーメン好きは、お客様をいかに驚かせ幸せな気分にするかと常に探求しチャレンジしている職人が、夢をもちながら精進するその姿に引き寄せられているというのです。
本を出版してみてわかったことは、温泉地は、自分たちが思っている以上に幅広く多様な角度からとらえられていることです。また、想像以上に温泉地を応援し大切に想う人々が多いこともわかりました。
また、ラーメン道から学ぶことは、温泉地が、泊まる、入浴する、食べるといった機能の集合体なのではなく、訪れる人たちを”幸せな気分”にさせる場所ではないかということです。
幸福は”鳥が歌うがごとく”
幸せ・幸福とは、恵まれた状態にあって、満足に楽しく感ずること(岩波国語辞典)。
哲学者三木清は『人生論ノート』で「成功と幸福とを、不成功と不幸とを同一視するようになって以来、人間は真の幸福が何であるかを理解し得なくなった」と言っています。また、幸福はつねに外に現れるもので、「鳥の歌うが如くおのずから外に現れて他の人を幸福にするものが真の幸福である」とも書きました。
確かに今、注目されている温泉地のリーダーたちは、自身の事業のビジネス的成功を第一目的とせず、また楽しみながら地域にかかわっています。
阿寒湖温泉のリーダー、旅館経営者の大西雅之さんは「地域のために使うお金も自分の旅館への投資も同じことだと思っているから」と、地域活動に費やす時間とお金の投資を惜しみません。「旅館と地域は表裏一体だから。そしてこの魅力的な阿寒に惚れこんでいる」というのがその心です。
別府温泉活性化の動きは、地域のシンボル的な存在の「竹瓦温泉」鉄筋化計画に対する市民運動から始まりました。その後観光関係者と市民が一緒になって始めた路地裏ウォーキングツアーや路地裏文化祭、まちづくりイベント「オンパク」は地元市民からファン層を拡大し、”元気な温泉地別府”という情報発信をしています。私たちは地域の魅力を磨き、自ら楽しんでいる地域へ引き寄せられるのです。
幸せな気分になりたくてやってくる来訪者を幸せにしたいのが温泉地。
温泉地は”鳥の歌うがごとく”自ずからその幸福を外に現して、来訪者をいつのまにか幸福にする場所なのではないでしょうか。
「水脈つながり……?」 |