建設中の東京スカイツリーから考えたこと [コラムvol.117]

 東京スカイツリー(以下、スカイツリーと略記)の建設が順調に進んでいるようです。直線距離で5kmほど離れた当財団の窓からも、ビル群の隙間を縫うようにして建設中の頂部を望めるようになりました。今回はスカイツリーをめぐって考えたことをいくつか記してみます。

■富士山とスカイツリーはどこまで見える? -「日本一の高さ」というシンプルな魅力-

 4月5日付の朝日新聞に「富士山、見える範囲広がった?」という見出しの記事が掲載されました。富士山が見える範囲はどこまでか? 気象会社「ウェザーニューズ」が情報を募ったところ、栃木県大田原市、愛知県田原市、伊豆諸島・利島等の遠隔地で撮影された富士山の写真が寄せられたとのこと。研究者のシミュレーションによれば、もっと遠方からでも眺められるようです。
 このニュースに触れてふと、建設中のスカイツリーが見える範囲はどこまでだろうか?と思い立ちインターネットで検索してみると、糸井重里氏が主宰する「ほぼ日刊イトイ新聞」内に「東京スカイツーうんちく50」というコンテンツを見つけました。ここでは「東京スカイツリーここから見えるMAP」と題して、閲覧者が「ここからスカイツリーが見えたよ」という情報を投稿でき、投稿された結果がGoogle Map上に表示されるようになっています。
 言うまでもなく富士山は日本で一番高い山であり、建設中のスカイツリーも3月29日の段階ですでに東京タワーを抜き日本で最も背の高い建造物です。観光の対象もその楽しみ方も多様化していますが、従来の「眺める」という根本的な楽しみ方が色あせたわけではありません。また、東京近辺では様々な価値観に対応して集客を図る商業施設等の開発・整備が続いていますが、スカイツリーのように「一番高い」という誰にもわかりやすい絶対的な価値・根源的な魅力を持ち合わせた興味対象の登場は久々のことといってよいでしょう。スカイツリーが構想・建設段階から高い注目度を集めているのを見て、あらためてこのようなわかりやすい魅力が観光の根源的な部分をなしているのだと感じました。

■個人による発情報信とリアルタイムな共有

 このように観光の根源につながる魅力を持つスカイツリーですが、その注目のされ方に目を向けてみると、観光を切り取る今日的な視点がいくつか浮かんできます。
 まず第一に、スカイツリーの今の様子を伝える情報が個々人から発信され、リアルタイムに共有されていることです。上記サイトの「ここから見える」という情報はまさに個人が発するものであり、これらが現在進行形でマップ上に反映されていきます。上記サイトにも、「東京スカイツリーが高くなるにつれて地図上のタワーマークが増えて広がっていくようすをどうぞ、のんびりとおたのしみください」とあるように、この投稿を通じて、スカイツリーの建設状況をリアルタイムに近い形で共有することが出来るわけです。
 もちろん、公式サイトでも建設状況に触れられる様々な情報が紹介されていますが、それ以外にも スカイツリーの建設の様子は個人のブログ等で多数紹介されおり、中にはスカイツリー建設の定点観察を行って日々の様子を写真付きで克明に紹介している方もいらっしゃいます。
 スカイツリーの建設現場の様子が個人も含めて逐一情報発信され、それを多くの人たちが共有することができるということは、きわめて今日的な状況だと言うことができます。例えば東京タワーが建設されたのは昭和30年代前半。今日のスカイツリー建設と同様に、あるいはそれ以上に大きな話題であったと想像されますが、大多数の人たちは、建設中の東京タワーの姿をリアルタイムで知る機会はほとんどなかったと考えられるからです。

■建設中=裏側を知る楽しみ+期間限定の楽しみ

 次に注目したいのは、建設中という未完の状態でありながらスカイツリーが広く興味対象となり、すでに多くの旅行商品に組み込まれているということです。この建設中のスカイツリーが注目を集めるという現象は、さらに二つの要素に分解されると思います。
 まず、建設段階のスカイツリーを見るということは、言ってみればスカイツリー建設の”裏側”、すなわち表側にはあらわれない本質的に触れてみたいという欲求に近い感覚があるということです。公式サイトでも「現在の東京スカイツリーの高さ」を大きく表示しれているほか、建設現場に設置されたウェブカメラの映像、絵日記形式で建設経過を紹介する「スカイツリー取材日記」等、建設状況を知ることの出来る様々なコンテンツを提供しています。この4月には東京スカイツリープロジェクトの情報発信を行う「東京スカイツリーインフォプラザ」が建設現場にほど近い業平橋駅前に開設されたこともあり、同施設の見学を組み込んだ旅行商品も目立ちます。
 また、建設中のスカイツリーは完成に至るまで日々その姿を変えていきます。言ってみれば「建設中のスカイツリー」は竣工予定の2012年春までの期間限定の楽しみだと言え、完成後に訪れるのとは違った魅力を持っていると言えるでしょう。建設段階のスカイツリーを訪れた方は、おそらく完成後に再度訪れることも期待され、実際の利用者の動向も気になるところです。

■スカイツリーは東京の新名所? -”場”との関係性-

 もう一つの視点は、”場”との関係性です。現在販売されているスカイツリー関連の旅行商品の特色として、スカイツリー周辺~東京都東部の下町エリアを組み合わせているケースが比較的多く見受けられることがあげられます。例えばこれを東京タワーを核とした旅行商品と比較してみると、スカイツリーを核とした商品では、東京の中でもよりエリアを絞り込む形で特色を出しているように感じられます。
 このことは、東京タワーとスカイツリーを”場”との関係性の違いとも関係しているのではないでしょうか。東京タワーは言うまでもなく東京という都市を象徴するシンボリックな存在です。一方で、スカイツリーは新しい東京の象徴であると同時に、東京都東部の下町エリアの象徴的存在としても意識されているのではないでしょうか。もちろん東京タワーも港区あるいは東京の山の手といった地域イメージと無縁ではありませんが、スカイツリーと下町の関係性ほど強くはないように感じられます。この違いは、旅行商品の内容のみならず、今後の来訪者の行動にも影響するかも知れません。地元・墨田区はもちろんのこと、周辺の地域も含めてスカイツリー建設を契機とした観光振興方策・地域振興方策を練っていることと思います。

 以上のように、スカイツリーを眺めていると観光の根源的な価値と今日的な価値創造の方向性の双方が見えてくるようです。スカイツリー建設が人々の行動にどのような影響をもたらすか、ここで紹介したような視点も意識しつつ、引き続き注目したいと思います。