新型コロナウイルスの流行に伴い全国に発令されていた緊急事態宣言が、5月25日に全面解除となった。今後は各業界において段階的に経済活動の再開が進んでいくことが想定され、旅行・観光分野においては、まず国内旅行から回復し、その後、海外旅行が時間をかけて回復していくことが予想されている。そうした中、海外旅行の中でも近隣の国・地域間で旅行を行う、「トラベルバブル」の動きが注目されている。
(本コラムは2020年5月25日時点の情報を元に執筆しています)
各国・地域の入国制限措置の状況
5月22日、日本では入国拒否の対象を、それまでの100か国・地域から、新たにインド、アルゼンチン、南アフリカなどの11か国を加えた計111か国・地域に拡大することを発表した。また同措置の期限についても、5月末までの期限からまずは1か月程度延ばす方向で、111か国以外に対する発給済み査証(ビザ)の効力停止やビザ免除の凍結など現行措置も当面続けられる予定だ。
一方、各国・地域側の多くも日本同様の措置をとっており、日本からの渡航者や日本人に対して入国制限措置をとっている国・地域は計183にのぼっている(5月21日外務省発表資料)。
各国で受入再開の兆し
このようにほぼ世界中の国・地域で観光客の往来がなくなっている状況だが、新型コロナウイルスの一大流行地となったヨーロッパでは、既に観光客の受入再開の動きも出始めている。イタリア政府は、6月3日から欧州連合(EU)加盟国からの観光客を受け入れる方針を発表しており、ギリシャでも6月15日より観光客の受入が再開される予定だ。また、スペインにおいても7月からの再開に向けて準備が進められている。
一方、日本においては、緊急事態宣言の解除された地域から徐々に国内観光客の受入が始まっているが、海外からの受入については、外相の5月22日の記者会見において、「現時点で人の往来再開を検討しているという事実はない」としている。また、受入再開にあたっても、その対象者は段階的になるとの考えが示されており、その順番は、「①ビジネス上の経営者層、専門人材といった必要不可欠な人材」、「②留学生」、「③一般の観光客等」の3段階で、対象国についても「収束しつつある国のグループから順次実施していく」としている。
トラベルバブル(travel bubble)の考え方とは
そうした中、「トラベルバブル」の考え方を示して注目されたのが、ニュージーランドとオーストラリアである。オーストラリアはニュージーランドにとって入域客の最大シェア(約40%)を占める国であり、また逆にニュージーランドもオーストラリアにとってシェア約15%を占めており、両国がインバウンドにおけるお得意様同士の関係にある。両国政府は5月5日、両国間に位置するタスマン海をまたいで国民同士が自由に行き来をすることを可能とする「トランスタスマンバブル(trans-Tasman bubble)」の構想を発表した。これは、既に4月中旬にはニュージーランド側から持ちかけられていたアイデアであったが、当初はオーストラリア側が躊躇していたものが、半月の期間を経て両国の合意に至ったものである。ただし、具体的な構想の実現については現時点でまだ見通しは立っていない。
「バブル」の考え方自体は、「家族バブル(family bubble)」あるいは「社会的バブル(social bubble)」として、都市のロックダウン等に伴う社会活動の自粛時に、家族あるいは最低限必要な関係のみに接触者を制限し、その小さなグループ内以外にウィルスの感染が拡大することを防ぐ考え方として存在していたものである。トラベルバブルはそれを近隣の国家間に拡げたもので、個人間におけるバブル同様、バブル内の国・地域以外とは交流が厳しく制限されていることを前提として、合意した国・地域間での移動の制限を大幅に緩和するものである。
こうした動きは、ニュージーランドとオーストラリア以外にも、バルト3国(エストニア・ラトビア・リトアニア)でも見られており、こちらでは5月15日に既に3国間の旅行制限が解除されている。また、アジア圏では、香港、マカオ、そして中国の間で、香港、マカオ、広東省の間の検疫制限を緩和するための議論が進行しているとの報道がなされている(5/16サウスチャイナ・モーニング・ポスト)。
今回のコロナ禍ほどの大規模かつ長期に渡る影響が出た場合には、平時に戻るまでの危機的な状況を乗り切るための一時的な措置としてトラベルバブルを機能させることは、恐らく有効な手段となり得るであろう。そこに日本が加わるためには、まず国内の感染者のこれ以上の増加を抑えること、加えて受入先としての国内観光地が適切に感染症対策を行っており、感染リスクが極めて低いことを客観的に示していくことが条件と考える。