去らない老兵 [コラムvol.135]

■「新人」監督に対する宮崎監督の姿勢

 少し前の話題になりますが、アニメーション映画「借りぐらしのアリエッティ」を制作したスタジオジブリの現場を約400日にわたって取材したドキュメンタリー番組がNHKで放送されていました。
 一般的には、ジブリといえば宮崎駿監督、というイメージが定着していますが、この「アリエッティ」は、これまで宮崎監督の下でアニメーターとして主要な作品に関わってきた米林宏昌氏の監督によるものです。
 37歳の米林氏はアニメーターとしては10年以上のキャリアがありますが、監督としてはいわば「新人」であり、その手腕は未知数です。それにも関わらず、「アリエッティ」の制作中、宮崎監督は米林氏に制作現場の一切のことを任せて全く口を出さないという、突き放したような態度を取っている姿がとても印象的でした。

■経験者が口を出さないでいるのは難しい

 宮崎監督はこれまで数多くの作品を生み出し、しかもそれが国内外で高い評価を得るなど常に第一線を走り続けてきていますが、年齢としては既に70歳近くとなり、かねてより次の世代を担う人材の育成に取り組んできているそうです。この作品で「新人」の米林氏を監督に抜擢した背景にも、そのような後継者問題があるとのことでした。
 ただ、宮崎氏は監督であると同時に、自らもアニメーター、つまり現場の人間でもあります。そのため、これまでにも何度か新しい人材に監督を任せてみたこともあったようですが、どうしても必要以上に現場に口を出してしまい、うまくいかなかったことが多いとのことです。そのために今回の「アリエッティ」では、徹頭徹尾、全く現場には口を出さないという姿勢を貫くことにしたようです。
 考えてみるとこれはとても難しいことのように思います。経験豊かな人、特に成功体験を重ねてきている人は(たとえそれがよりよくしたい、助けてあげたい、という向上心や親切心からのものであるにせよ)、何かと後進のやり方に対して「こうしてはどうか」と必要以上に干渉してしまいがちです。
 実際に番組の中でも、本当は米林氏のやり方に言いたいことがあるであろうにもかかわらず、それをぐっとこらえて周りをうろうろしている、といった感じの宮崎監督の姿が見られていました。

■「老兵」に期待される役割とは

 このことは観光地づくりについても同じだと思います。観光地づくりには、これで完成といった終着点はありません。常に取組を持続させ、かつより高いレベルを目指して向上させていく長期的な視野が必要になります。そのためには、当然のことながら次の時代を担う人材育成、後継者育成が不可欠です。
 そのために各地域で様々な取組をされていると思いますが、なかなかうまくいかない場合も多いと聞きます。要因は地域によっても様々でしょうが、よく聞かれるのが地域の有力者、特に自ら取組を立ち上げ、成功を収めてきたベテランがどうしても若手のやることに口出ししてしまい、場合によっては阻害要因にさえなってしまうといったケースです。
 「老兵は去るのみ」という言葉があります。GHQの最高司令官であったマッカーサーが引退にあたっての演説で古い歌から引用して述べたものだそうで、「歳をとったらいつまでも現状の位置にしがみついているのではなく、次の世代に席を譲ることが大事である」という意味で使われたようです。
 上記を踏まえるとこの言葉は一理あるとは思いますが、私は「老兵は必ずしも去らなくても良い」のではないかと考えます。
 成功体験(場合によっては失敗体験)から学ぶことは沢山あります。そしてそれらは書物からでは獲得できない知恵や経験といったものが多いのも事実です。それを身をもって体験した人が、次の世代に直接伝えていくことはとても重要なことだと思います。
 理想的には、若手に任せた後も完全には去らずに、少し引いた位置に留まり黙って見守りながら、なおかつ求められればアドバイスや助力を惜しまない、というスーパーバイザーとしての役割が、地域の「老兵」に今後期待されるところではないでしょうか。