年頭コラム「今年は訪れるに値する価値を創り出そう」 [コラムvol.157]

概要

 昨夏の節電バカンスを検証してみると、過去の延長線上に長期休暇の定着という新しい動きを起こせないことが分ります。新しい市場は、旅行・観光産業が自ら、訪れるに値する価値づくり(ビジット・デザイニング)に取組むことで開けてくるのです。

1.長期滞在は定着するのか

 昨夏は、企業の夏場の長期休暇(節電バカンス)が話題になりました。原発事故による節電といった他動的な理由にしろ、夏休みを長くしようという社会的な機運が高まったのは日本で初めてのことであり、もしかすると休暇が長期化するのではと期待されたのです。
 我々の市場調査でも、夏の長期休暇という社会的な動きに関心を持った人が32.4%もいて、実際に夏休みが長くなったと答えた人が11.7%いたのです。(JTBFオムニバス調査2011、8月実施)
 旅行会社や運輸機関、旅館やホテルもこれを好機と、いろいろな長期滞在型の商品を発売しました。
 9月になり、期待を込めて長期滞在客が増えていそうなところに、手分けをしてヒアリングを行いました。ところが、ニセコなど従来から長期滞在に力を入れている観光地や施設を除くと、多くは少し増えた程度で目立った動きはみられなかったのです。
 夏休みが延びた人が1割強もいて、その多くが大きな会社の社員だったのに、なぜ?
 この理由を探りながら、改めて旅行・観光産業の課題を掘り起こし、せっかくの機会を逃さないで、日本に少しでも長い休暇が定着できるようなヒントを提案したいと思います。

2.過去の延長では取り込めないニーズ

 ヒアリングしてみると、今回の突然の市場の出現に対して、連泊すると割り引きますとお得感を謳ったところは、大半が大きな需要増につながっていません。
 では、どのようなところが伸びていたのか。
 長期滞在を観光地タイプ別に、リゾート、都市、温泉地と大きく分けると、ニセコのような涼しいリゾート地では増えたところがいくつもあります。ニセコ地区では、2011年の夏に約250組が長期滞在しており、多くが2名ですから約2ヶ月間で延3万人泊したことになります(倶知安町観光協会)。理由を聞くと、ただ涼しいからだけではなく、長期に滞在を楽しめるような工夫がなされているのです。例えば、長期になると日常の快適性が大事になりますが、ここには外国人仕様のゆったり目の2LDKの部屋が多く、時には家族を呼び寄せても一緒にすごせるので便利だとのこと。また、滞在者同士がクラブのような形で交流しており、会社もそれをバックアップして勧めており、飽きずに滞在期間を過ごせるのです。
 リゾートほどではないのですが、札幌のような都市滞在も増えています。JTB北海道では「L-ステイ」という2週間以上のマンション滞在を商品化していますが、昨夏は42組が利用し前年の25組を大きく上回っています。体験者のエピソードを丁寧に紹介しながら長期滞在のイメージを持ってもらえるように努力したり、滞在が始まる10日前から北海道の新聞を自宅に送って地域の雰囲気や情報を伝えるなどの工夫をしています。
 苦戦しているのは、旅館を活用した滞在型の提案です。阿寒湖温泉の「あかん遊久の里 鶴雅」のように、長期滞在客向けに部屋を改装してミニキッチンを造ったり、滞在者向けの新しい料金体系を打ち出すなど本気度の見えるところは新規の長期滞在客がある程度獲得していますが、多くは期待にほど遠い結果になっています。
 ブログのなかに「長期滞在」という言葉があるものを集め、どのような言葉とともに登場しているのか調べてみると、「長期滞在」と結びついて登場頻度が高いのは「ホテル」(3位)、「部屋」(6位)で、「温泉」や「旅館」は、ともに50位以下と低く、一般的には、長期滞在というイメージと温泉地や旅館とは結びついていないようです。
 節電バカンス需要を取込もうとたくさんの種類の国内旅行商品が売り出されましたが、従来から長期滞在に取組みノウハウを積んでいたところを除けば、残念ながら消費者のニーズを的確に捉えヒットしたものはありませんでした。

3.長期滞在は創れる-インスブルック30日間滞在商品への驚き-

 一方、海外旅行もいろいろな商品が用意されたのですが、飛び抜けて業界で話題となったのが、(株)ワールド航空サービスの「ヨーロッパ避暑計画 インスブルック滞在30日間」です。30日間というのは業界の常識を遙かに超える長さであり、市場調査でも決して出てこないような全く見えないニーズへの挑戦でした。
 当財団主催の年末恒例「旅行動向シンポジウム」(2011年12月19日開催)は、「今、求められる“ビジット・デザイニング”~訪れるに値する価値づくりを学ぶ~」をテーマに行い、同社社長でプランナーの菊間潤吾氏より話を伺いました。このツアー商品を企画した切っ掛けは、このたびの大震災であり節電ですが、以前から温めていたアイデアを、震災後の中高年マーケット停滞を打破するために投入したそうです。
 ツアーのキーワードは“馴染む”で、お客様がその町を「My Place」や「第二の故郷」と思うほどに馴染んで、どっぷりとその町に浸りながら思い思いに楽しんで欲しいというのが企画の狙いです。お客様が自然と町や住民と“馴染む”ためにミニ音楽会を市内の各所で仕掛け、町の人とお客様が一緒に楽しむ“時”を創るとか、パン屋さんやレストランの常連客となる方法などを伝授しています。実際にその町を自分のホームタウンのように感じ、そこを起点に1泊や2泊の旅行に出掛ける人が想定以上にたくさんいたそうです。
 このツアーだけで延5000人泊になるので、地元の注目度も高く、ロータリークラブからは、お菓子の教室や農家訪問、ワルツ教室などのお誘いがあったそうです。このように地元の人とも自然な交流が出来、見て回るだけのツアーでは得られない新鮮な体験をしてこともあり、来年も再び参加したいという人がたくさいいたということです。
 30日間という長期の日々を、こんなことやあんなことが出来ますいわれ、既存のプログラムで埋めていくのではなく、まず町に馴染んで町を好きになること、町の中に知り合いを増やすこと、そしてその町を基地にして小旅行を楽しむようになること、自分の居場所を創ることで参加者自身が「自分の30日」を楽しむ気分を作り上げられたのです。

 通常の旅行商品では現地オプションをたくさん紹介しながら、空白の日程を埋めることで旅行者の安心と満足を得ようとするのですが、菊間さんの発想はそれぞれが自分の30日間を自分流に楽しめば、それがその人にとって一番の満足になるというものです。そのために、お客様が早く町に馴染むように様々な仕掛けを旅行社がしてあげる。こうして一つの都市にどっぷりと浸かって、そこにいることを日々楽しみながら、結果として30日間を過ごすことになるのです。
 この提案(コンセプト)を面白いと感じたお客様が思いの外たくさんいたのです。今までにないコンセプトによって新しい市場が創り出されたといえます。

4. 訪れるに値する価値創り


林の中の小さな図書館
      林の中の小さな図書館

 長期休暇についてヒアリングしたなかには、この菊間さんのインスブルックの企画に通じる考えのところもありました。大分県の久住高原の麓にある「BBC長湯 長期滞在施設と林の中の小さな図書館」です。
 2008年にオープンして4年目を迎えますが、平均宿泊日数が4日間、平均稼働率が90%ということです。昨夏も、節電バカンスという特別の理由ではなく、ほぼ毎日満室状態が続いています。
 全6棟と大きな施設ではないのですが、古い木造校舎の雰囲気の図書館があったり、林の中に点在する各棟に小さな書斎があるなど、オーナーのここでの過ごし方の提案が随所に感じられます。また、30代の女性支配人の佐藤美樹さんが、お客様との会話を通して、その人にあった滞在をお勧めしているのも、大事な要因になっていると思われます。
 ここでも、最初から長期滞在者がいた(市場があった)のではなく、佐藤支配人やこの建物の醸し出す雰囲気(場の力)が長期滞在者を生み出していると感じました。

書斎
各部屋には書斎が設けられている。
木陰で過ごす滞在客
図書館側の木陰で過ごす滞在客

 旅行・観光産業では、既に顕在化しているマーケットをどのように攻めるのかに日々苦慮しています。
 昨夏の「節電と長期滞在」を通じて学んだことは、今までの延長線上で新しい旅行・観光需要の取り込み考えてもダメだということ。まずは、自分が(お金を出しても)してみたいことを十分に練り上げて本気になって提案すること。それが、お客様の共感を呼び潜在的な欲求が顕在化してくるということです。
 旅行・観光産業は、昨年の震災で再認識させられたように産業外のいろいろな要因によって大きく影響を受ける産業です。しかし、受け身の発想で事態が好転するのを待つのではなく、今回の事例からも学べるように産業自身がもっともっと新しい価値提案をすれば、新たな市場が創り出せるのです。
 今年は、旅行・観光産業に関わる人が、「訪れるに値する価値創造」を合い言葉に、新しい提案(コンセプト)を次々と出せる年にしていきたいと願っております。