要旨
少子化で厳しい婚礼市場で勝ち抜けるワタベウェディング株式会社。その秘訣の一つは、式としてのイベントに込められた新郎・新婦の想いに全力で応えたこと。時代の価値観によって変化するウェディングをリードしてきたワタベから旅行・観光業界が学ぶことは、”コト消費”も進化しているということ。
●婚礼が変わった
仲人をたてるカップルは15年前の98%から0.2%へと激減、”おめでた婚”も約3割と、結婚式をとりまく環境は随分変わりました。挙式後ハネムーンに出発するカップルはいまや全体のわずか25%と、20年前ならあたりまえだった光景も少数派。社会や家族のあり方についての価値観が大きく変化する中で、結婚式も様変わりしています*。
しかも少子化で婚姻数が減る上、結婚式を挙げないカップルが増えるという厳しい市場環境の中で、ワタベウェディング株式会社は右肩上がりの売上げを誇っています。当財団主催の海外旅行動向シンポジウム(08年7月実施)に同社会長の渡部隆夫氏を講師としてお招きし、その秘訣をうかがいました。ワタベウェディングといえば、1970年代にいち早くハワイに進出、海外挙式というスタイルを日本に定着させてきた会社。近年では、沖縄、北海道などのリゾートウェディング、本格正当派の”和”を重んじた「京都和婚」のように国内ウェディングのしかけも成功させています。
●変わったのは何か?
婚礼市場の動向といえばジミ婚やハデ婚、あるいはレストランウェディングといった流行の変化など現象面の話題が先行しがちですが、実は見かけのスタイルだけでなく結婚式の意味そのものが、時代とともに変わってきているのです。
結婚式といえば、新郎新婦の勤務先や親戚への報告・お披露目といった”家”同士の行事的色彩が強いものでしたが、今では主役はあくまで本人たち、特に花嫁の思い入れが色濃いものとなっています。なかでも最新のキーワードは、式場やドレスなどのカタチよりも、ずばり”絆”。現代のカップルは、列席者や両親への感謝の気持ち、そして人生の一大記念となる挙式そのものをとても大切にしているそうです。
ワタベウェディングのマーケティング担当廣谷さんによれば、最近では、挙式した海外の教会を数年後に再訪するカップルが増えてきたとのこと。「そこへ何かを確認に行くんでしょうね」。また、”おめでた”が結婚の背中を押す役割をもつようになったことから、「現代のウェディングとは”けじめ”でもあり、”納得”なんですね」と廣谷さん。
結婚式とはまさにコト消費そのものですが、時代とともにその”コト”に込められた意味が深まり、変化しているのです。
●進化するコト消費に共感する
こうした質的な変化に対し、渡部会長は「市場は成熟化し、ハード勝負の時代は終わりました。ウェディングとはそもそもセレモニー。会場・飲食提供業ではなく、セレモニーをいかに感動的で記憶に残るものにしていくか、新業態を創り上げるつもりで取り組んでいる」と言います。
変化する市場にはとりあえず新提案を、といった程度でおざなりにせず、根本的な意味に応えようと取り組むのがワタベ流。ホテルで行われるウェディングとは異なる業態だと考えているのです。一般的にホテルでは、宴会、式場、衣裳、写真など担当セクションがそれぞれ自分の持ち分の仕事を一生懸命やり、滞りなく式が進行し無事に終わることが大きな目的になります。しかしそれだけでは、”絆”や”けじめ”、”感謝”といった新郎新婦の想いを結婚式全体に表現することができないのではないか。そこでワタベでは、一人のスタッフが新郎新婦と価値観を共有しながら、すべての場面で相談にのれるような人材育成を重視しています。
また次々と時代に先駆けたきめ細やかな商品を発表、実績をあげてきました。たとえば沖縄のリゾートウェディング商品「ちゅらBaby」は、妊婦の花嫁、または小さな赤ちゃん連れの産後の花嫁の気持ちに寄り添ったプランです。ドレスサイズへの配慮はもちろん、牧師からお腹の赤ちゃんへの祈りとシンガーからの歌、パーティでは授乳期に配慮した特別メニュー、といった心遣いが見られます。「私たちは、お客様の願いは何なのか、つま先から考えていくんです」と当たり前のように話す廣谷さんの言葉はまさにワタベウェディングが掲げる「トータルブライダルソリューション」。
●旅行・観光におけるコト消費
モノよりココロと言われて久しくなります。旅行・観光業界では、ココロの時代、コト消費の時代はまさにチャンス到来と大歓迎してきました。観光は「見る」から「する」へ変化し、「コト消費だから体験だ」とばかりに、体験が大流行(はや)りです。
しかしワタベの取り組みから教えられるのは、”旅行・観光はコト消費”という落ち着きのいい言葉に甘んじて、旅行者が本当に実現したい想いや願いとは何かについて、追求する努力を怠っているのではないかということです。
北海道阿寒湖温泉の「鶴雅」グループの社長、大西さんは、阿寒のアイヌ文化の精神性を伝えたいと言っています。宿泊者が参加する「イオマンテの火祭り」を単なるイベントというコト体験で終わらせず、旅行者が思わずハッと自らを振り返るほど強烈なメッセージ性を込めていきたいと。
鹿児島県霧島のリゾート「天空の森」主人、田島さんは、自分は宿泊業ではなく、人間性回復業をやっていると言っています。泊まる、温泉に入る、料理を食べる、それら一つ一つの体験の質を追求するというよりも、そこで過ごす時間を通じて現代人を”回復”させることを目指している。まさに新業態の発想です**。
百貨店業界が「売るのはモノじゃない」とばかりに人々の生活に迫るマーケティングを始めています。コト消費の代表である旅行・観光業界こそ、人々の心の底にある深い欲求に、もっと応えていこうではありませんか。
* ワタベウェディング(株)調査より
**天空の森、阿寒湖温泉について詳しくは、拙著『温泉地再生』(学芸出版社)をご覧ください。
宿泊客はアイヌコタンへ向かうタイマツ行進に参加。 本物の火を持つ実感に小学生も興奮し、神妙に。 -阿寒湖温泉 |
宿業ではなく人間性回復業 -天空の森 |