昨年7月、当財団では、主に業務を目的とした旅行に休暇を組み合わせる〝ブリージャー(Bleisure)〞や、休暇を目的とした旅行に業務を組み合わせる〝ワーケーション(Workation)〞を中心としたビジネストラベルの現状と今後のあり方に注目した機関誌「観光文化242号:特集 多様化するビジネストラベル」を発行した。皮肉にも新型コロナウイルスの影響によりテレワークがほぼ強制的に進み、それに伴い、ワーケーションについての注目度もさらに高まることとなった。当初は、長期滞在やバカンスを楽しむ習慣が根付いていない日本人に、ワーケーションはなじみづらいのではないかと感じていたが、それもテレワークが一気に進んだことにより、それほど遠い話ではなくなった。
さらに地域からの注目度も高まり、宿泊施設でもワーケーションを前面に押し出した宿泊プランが頻繁に見られるようになった。しかし、まだ取り組みが始まったばかりという地域も多いため、通常の宿泊プランの名前を変えただけというものも少なくない。
そこで、今回は地域にとってのwithコロナ、postコロナにおけるワーケーションの意義と、今後地域に求められる取り組みについて考えてみたい(※1)。
ワーケーションを取り巻く地域や国の動き
ワーケーションという言葉は2010年代前半から欧米の主要なメディアで報道され、注目を浴びるようになってきたが(詳細は「観光文化242号」参照)、昨年、我々が「観光文化」の執筆を進めていた時は、国内にそれほど多くの取り組み事例がある訳ではなかった。しかし、ワーケーションを取り巻く動きは非常に早く、2019年11月には、取り組みの先進地でもあった和歌山県と長野県が中心となり、全国65の自治体の賛同を得て「ワーケーション自治体協議会(WAJ)」を設立した。WAJは、全国のワーケーションに関する統一的な情報発信手段の検討、WAJ主催の情報交換会や会員自治体によるワーケーション体験会の実施、ワーケーションの円滑な実施に向けた必要な支援の検討などを行うこととしており、面的な広がりを持って取り組むことの重要性を訴えている。
さらに国(各省庁)としても積極的に支援が行われている(表1)。特にテレワークの観点から総務省が中心となり、企業価値向上をねらいとする経済産業省、多様な働き方の実現をねらいとする厚生労働省、地域活性化や観光の観点からの効果に注目する国土交通省などと連携し、働き方改革の運動として「テレワーク・デイズ」が実施されたり、テレワークの発展版としてワーケーションが位置付けられ、それぞれの視点から様々な調査事業や支援事業等が行われている。また、最近では環境省も加わり、国立・国定公園、温泉地の利用促進の観点からワーケーションの推進が行われている。
withコロナ・postコロナにおいては、平日の利用促進による滞在の平準化や、これまでは難しかった国内客の長期滞在の実現、ワーケーションに必要なサービスや環境を提供することによる客単価の向上、何度も訪れてもらえる可能性が高いこと等からリピーターの確保とロイヤリティの向上、今後インバウンドが戻ってきた時のための環境整備にもつながる点などは、地域としても注目すべき効果である。
元々、ワーケーションは休暇や旅行を目的とした滞在の中に業務を組み込むものであったが、今後は滞在先での業務をメインとする滞在スタイルも増える可能性がある。
今後、地域に求められる取り組み
私自身も、今年2月に奄美大島で行われたワーケーションのモニターツアーに参加する機会に恵まれた。何度も訪れているなじみの地域ではなく、初めて訪れる地域でのワーケーションは初体験であったが、特に受け入れ側である地域に必要であると感じた取り組みは以下の通りである。
①職種による働き方やニーズの違い、企業のメリットなどを把握・分析
ワーケーションと一言で言っても職種や仕事の内容によって求める設備や環境は異なる(表2)。仕事といっても黙々とPCに向かう仕事もあれば、デザインやアイデアを出すクリエイティブな仕事、同僚やクライアントとの打ち合わせが多い仕事もある。特にコロナ禍で利用が進んだオンライン会議も利用頻度は高まるだろう。
また、あえて会社とは違う場所で仕事をするワーケーションは、研修やブレスト・合宿のように複数人数での滞在も想定される。企業によっては地域への貢献や地元の方との交流を望んでいることもある。こうしたニーズをしっかりと把握し、環境を整えておくことで、地域にとっても新たなビジネスや企業誘致につながる可能性がある。
②ワーケーションに必要な情報の整理と発信
実体験を通じて実感したことは、初めて訪れる場所では、仕事ができる場所を見つけるのに非常に苦労するという点である。宿泊先にチェックインすれば、宿泊施設に籠って仕事をすることができるが、チェックイン前とチェックアウト後は、基本的に地域のどこかで仕事ができる場所を探さなければならない。わかりやすくコワーキングスペースやサテライトオフィスなどがあればよいが、そうでなければ一定時間を過ごせそうなカフェ、図書館などが候補となる。めぼしい場所があったとしても、仕事ができる環境(表3)があるかどうかをネットや外観などから探ることが必要になる。もちろん調べても出てこないケースも多いため、これらの情報がタビマエ、タビナカでスムーズに得られるかは重要な要素となる。
また、休暇の要素もあるワーケーションは同行者によっても必要な情報が異なる。例えば夫婦であれば、1人でも楽しめるコンテンツの情報、家族連れであれば親子で楽しめるスポットの情報といったように、同行者のサポートなども考えたい。
③居心地の良い空間づくり
ワーケーションといえば電源やWi-Fiの整備、ネット環境の整備はもちろん欠かせないが、これらはもはや当たり前の条件であり、差別化にはならない。地域を訪れてワーケーションをする価値は、いかに居心地の良い空間に身を置けるかにかかってくる。特別な目的がなくてもゆっくりとそこにいたいと思える「居場所」や空間(サードプレイス(※2))が地域にどれだけあるだろうか。これはワーケーションのみならず地域において長期滞在する上では欠かせない要素である。もちろん空き家や空きスペース等を活用して新しく整備していくことも有効であるが、既存の公共・民間施設のスペースにも注目して掘り起こしていくことも重要である。近年、デザイン性や機能性の高い公共図書館等も増えているが、これまでは観光の分野ではほとんど語られることのなかったこれらの要素も、今後のインバウンド誘致や地域間競争に影響してくると考えている。
④サービスに対して対価を払える仕組みづくり
居心地がよく、かつ仕事をするにも最適な場所が見つかれば、そこに何度も通うハードリピーターが出てくる。しかし、意識の高い利用者であれば、長時間滞在することに対して罪悪感を覚え、逆に居心地が悪くなってしまう。もちろん気を使って2杯目のコーヒーを注文すれば良いのだが、少し高い金額を払うことで電源や充電器を使わせてもらえたり、コーヒーのおかわりができるといったワーカー向けの有料サービスなどがあってもよいかもしれない。また、例えば図書館などに地域外からのワーカーが押し寄せて地元住民の利用が抑制されてしまえば元も子もない。住民以外がミーティングルームを利用する際は利用料を高めに設定するといったことも考えられるのではないだろうか。
また、新型コロナウイルスの影響で他人と接触しない個室需要も増えている。日中の宿泊施設をワーキングスペースとして利用できる仕組みも考えられる。
⑤地元住民のワーケーションニーズの取り込み
経済学者のシューマッハやJ・クンスラーは、21世紀はライフスタイルや移動が小規模化し、ステイタスの属性は地域回帰になると予想している。自宅とオフィス以外で仕事をしたい、リラックスできる居場所がほしいと思うのは地元住民も同じである。住民の場合、バケーションとまでは言えず、ワーケーションの定義とは少し異なるかもしれないが、そのニーズをしっかりと取り込むことは、コロナ禍で注目されているマイクロツーリズムの一環としても重要になってくる。加えて、地域に対する住民満足度の向上にも寄与しうるのではないだろうか。
おわりに
コロナ禍でテレワークは一気に普及したものの、今や家庭内投資をして最強のコンディションに整えた自宅から、あえて外(地域)に出て仕事をしてもらうことは容易なことではない。ワーケーションへの注目や需要が高まれば、自ずとニーズや可能性は多様化する。それらを丁寧に分析し、地域側から先回りしたサービスや滞在スタイルを提案していけるかどうかがポイントとなる。加えて宿泊施設や飲食店、公共施設等との連携や、観光政策と移住政策との融合、企業側への働きかけなど、地域としての総合力な取り組みが今後のワーケーション定着における鍵になるのではないだろうか。
参考文献
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「観光文化242号:特集 多様化するビジネストラベル」
ブリージャーはブレジャーと呼ばれているケースもある。
注
※1:ワーケーションは仕事と休暇を組み合わせるものであるが、本稿においては仕事の部分に重点を置いて話を進める。
※2:サードプレイスについては「観光地におけるサード・プレイスを考える [コラムvol.321]」を参照