2015年の訪日外国人旅行者数は1,973万人(日本政府観光局(JNTO)発表)。「オリンピック・パラリンピック東京大会」の開催(2020年)を見据えて国が掲げた2,000万人という当面の目標はすぐ手の届くところまできました。国の観光政策はもちろん、地方の観光行政においても、ますますインバウンドの重要性は増しつつあります。
今日に至るわが国のインバウンドの歴史は、今から100年以上も前にさかのぼり、むしろ戦前は国の観光政策の中心にありました。
東京国立近代美術館で現在開催中の企画展「ようこそ日本へ 1920 -30年代のツーリズムとデザイン」(会期:1月9日~2月28日)は、このような戦前のインバウンド黎明期ともいえる時代のわが国の観光の姿を、画家たちの作品を通して紹介している大変興味深い企画展です。
観光における1920-30年代という時代
企画展には、主に観光ポスターやガイドブック、雑誌の表紙・挿絵などを飾った画家たちの作品127点が展示されており、当財団も「旅の図書館」の所蔵図書(古書)を提供し展示に協力しています(出品リストをご参照ください)。
わが国の観光にとって、この企画展がスポットを当てる1920-30年代(大正~昭和初期)とは、どういう時代だったのでしょうか?
国内においては、鉄道網が全国に整備され、それとともに沿線の風光明媚な観光名所が紹介されていきました。「旅の図書館」が所蔵する鉄道省の『鉄道旅行案内』(1921)には、鳥瞰図で著名な吉田初三郎の画が多数挿入され、日本の観光ガイドブックの先駆けとなりました。海外に向けては主要都市との間に外国航路が開かれ、外国人の客船による日本への旅を可能にしていきました。また組織面では、鉄道省国際観光局(1930年発足)のもとに外郭団体として国際観光協会が設立され(1931年)、ジャパン・ツーリスト・ビューロー((株)ジェイ・ティー・ビー及び当財団の前身、1912年設立)とともに、外客誘致の実務機関として日本の文化を積極的に外国に宣伝していきました。現代日本のグラフィックデザインの礎を築いた一人である杉浦非水の画が表紙を飾ったジャパン・ツーリスト・ビューローの当時の機関誌『ツーリスト』を始め、当時のポスターや雑誌からは、日本のイメージを海外に積極的に発信しようとしていたことがうかがえます。
躍動感が伝わる「日本の魅力」
展示されている一つ一つの作品から伝わってくるのは、当時の観光産業を牽引していた鉄道や船舶など運輸産業の勢いや本格的に国際化への幕を開けた時代の息づかい、自国への誇り、あるいは「美しい日本」のイメージを積極的に世界に発信していこうという気概などです。「日本の魅力をどう切り取り、どう表現し、世界に伝えていくか」。一枚一枚の作品を見ていると、画家や制作者のそうした意図が汲み取れ、当時これらの画にふれた外国人に、日本への興味を掘り起こさせ、日本へ旅行したい気持ちを駆り立てたのではないかと想像させます。
これらの展示作品に多く描かれているのは、富士山や桜、寺、着物の女性などで、こうした日本的な要素を巧みな構図によって強調しているものが少なくありません。今日につながるプロトタイプ化した外国人の日本に対するイメージは、これらの「画」を始めとしてこの時代に発信された情報やイメージに大きく影響を受けたのではないでしょうか。
同時に、クール、食といった多様な日本の魅力がコンテンツとして紹介されるようになった今日でもなお、当時の作品に描かれている「美しい日本」は、色褪せていないばかりか、むしろ新鮮で魅力的にも映ります。
この企画展からは、自由で豊かな表現力をもつ画の「訴求する力」を再認識しました。一方で、写真を多用する今日のガイドブックや旅行雑誌には、見る側、読む側に訴求する力、新たな観光需要を喚起する力がはたしてどれほどあるでしょうか。あふれる情報の中から、大切に伝えたいものにフォーカスして、効果的に相手に伝えることの重要さに気づかされました。
過去の積み重ねの上に今日があります。戦前のインバウンドをレビューし、これからのインバウンドや様々な観光のあり方を見つめ直すよい機会として、少しでも多くの方に足を運んでいただきたい企画展です。
(注)企画展主催者の許可を得て撮影しています。