“観光客と地域住民との交流”の虚実 [コラムvol.48]

 報告書などで良く目に付くフレーズに”観光客と地域住民との交流の促進”というものがあります。私は、以前からこうした言い回しに対してどこかしっくりしないものを感じていました。そこで言われている”地域住民”とは一体誰を指しているのだろうか?あるいは、一般住民との”交流”はそんなに頻繁にあるものなのだろうか?と。

■実は少ない地域住民との交流の機会

 私は、昨年秋から「オピニオンリーダーに聞く旅行者モニター調査」という自主研究を進めています。この調査は、旅行好きで市場への先行性と周囲への影響力を持つ人を抽出して半歩先の旅行市場を占おうというものです(詳しくは『先読み!マーケットトレンド』を参照下さい)。
 しかし、アンケートだけでは十分読み取ることができない旅行者の本音や考え方もあります。そこを補完するため、オピニオンリーダー層へのグループインタビューを併せて実施することにしています。今春実施したグループインタビューでは、私がモデレーター(進行役)を務めたのですが、その中で昔から気になっていた冒頭の疑問をぶつけてみることにしました(グループインタビューは20代から60代までを、概ね年代順に4人ずつの4グループに分けて実施)。質問は、
 “旅行中にコミュニケーションをとる相手先について、それぞれの重要度の割合を円グラフに書いて下さい”
というもので、各自の記入結果をみて私が具体的な内容を聞くという形式を採っています。
 グループインタビューではありますが、全体の傾向をみる上で16人の平均値を計算してみましたのでご覧ください。

図1

 先ず、どの世代でも、「同行者」のウェイトが一番高い人がほとんどで、3割から6割の範囲に回答が分布していました(例外はひとり旅が多い人)。「旅先で出会った人」は1~2割という回答が多く、旅行者同士の情報交換などでの交流が多くなっています。特に写真撮影やスポーツレクリエーションなどの同じ趣味を持つ者同士で、「あそこは良かったよ」といった口コミから新しい需要創造につながっていく効果が認められます。
 地域の観光産業の人たちとのコミュニケーションは全体では28%となっていて、「宿の従業員」「観光施設(お土産屋、飲食店などの従業員)」「交通産業の従業員(タクシー運転手、レンタカーや駅の係員等)」「観光案内所・観光ガイド」といった回答に分散しています。中でも比較的割合が高かったのは「宿の従業員」で、宿重視派の人を中心に2割~3割という回答が何人かみられました。但し、こうした人達は閉じた空間の中でリラックスしたい希望が強く、「地元の人」とのコミュニケーションの割合は低めです。
 さて、本題である旅行中のコミュニケーションにおける「地元の人(体験教室の先生等を含む)」の重要度は15%で、「観光産業」に携わる人の半分程度です。グルインでわかった、地元の人とのコミュニケーションの具体的な場面は、「あいさつをする」「道を教えてもらう」「写真をとってもらう」「お店や景色の良いところなどを教えてもらう」といったごく短い時間の応対が主なものです。長いものでも、「居酒屋での会話」「共同浴場での会話」などがせいぜいです。この結果は、私が抱いていた疑問が正当なものであり、地域の観光産業にこそ地域の代弁者としてのコミュニケーション能力が求められるべきことも示唆しています。

■地域理解の鍵としてのコミュニケーション

 しかし、地元の人との交流が、多くの旅行者にとって非常に強い印象として残ることもまた事実です。以前、沖縄へのコアリピーターへのグループインタビューを実施した際に驚いたのは、地元の人と居酒屋で親しくなって今もメールのやりとりがある、といった経験を持つ男女が複数いたことです。沖縄の調査に長く関わってわかったことですが、実は沖縄県民は県外客を「もてなそう」という気持ちが特別強いわけではありません。県民同士の密で自然体なコミュニケーションが、そのまま県外の人に対して顕れているだけなのです。これは、沖縄県の人気が高い理由の一つです。首都圏などで強い対人ストレスのある日常を送る人々にとって、沖縄における対人関係のリラックス感というのは心地よい非日常なのです。
 また、「オピニオンリーダーに聞く旅行者モニター調査(07年11月)」には、「地元の人との会話を通じて時間がゆっくり流れている沖縄の暮らしを感じる」、といった回答もありました。こうした地域の世界観を体感するための”鍵”としてのコミュニケーションの存在も見逃せません。
 そもそも1泊2日の旅行経験でその地域の暮らしぶりなどわかろうはずがないのです。旅行者にとっての地域イメージは、旅行経路上で五感が捉えた素材を、TV、ガイドブック、口コミ、インターネットなどのメディアから仕込んだ情報で補強した張りぼての映画セットの様なものであって、不完全でバーチャルな世界観です。私は、そうしたバーチャルな地域観を、短期間にリアルなものに感じさせるための”鍵”のようなもの、それが例えば、地域住民との双方向の会話であったり、お祭の共有空間であったり、地域ならではの食のもてなしだったりするのだと考えています。こうした”鍵”は地域における一面的なディテールに過ぎませんが、そこにLIVE感を吹き込むことでバーチャルな世界を、リアルな世界として体感させる力があるのです。